彼女の海



実際、流子とサダトの子供時代は、この夜皆の話題の中心となった。


「…いやあ、そうだったなあー。ご近所は、そらあ、二人が年中ぴったしくっつてたもんで、恋人同士じゃないかって噂しちょったよ。なあ、洋介」


「ははは…。まあ、流子の兄弟は上も下もいろいろあって、一人っ子同様だったもんだからな。サダ坊にはよく懐いていたよなあ」


そう…、洋介もまた死別と再婚で、流子は実の母を”失っていた”のだ…。


「そうだったねえ…。潮田さんとこは、いとこ同士で分家を継がせるようだって、みんな言い回っていたよ。ハハハ…」


こんな会話を耳にしていた流子は盛んに苦笑していたが、彼女自身、”あの頃”は大人になったらサダトと結婚したいと漠然とながら心に言い誓ったものである…。
彼女は自然と、走馬燈のように頭に描かれるカレとの遠き記憶を思い返していた。


***


それは穢れなき記憶の海からの光景ではあった。
だが、実際は思春期の複雑な性衝動も割り込み、どこか切なくも淫靡なフィルターをかぶったフラッシュバックとも言えた。


流子が真っ先に思い浮かべたのは、中1の夏…、競泳用の水着姿を全身鏡で映し出した時、猛烈な性欲が湧いた”あのこと”だった…。
縁側でセミの鳴き音が流子のカラダをギンギンに貫き渡り、鏡に丸写しとなった自分の姿になぜが恍惚とさせられた感覚…。


さらにその時に彼女が呼び寄せた記憶という名の光景は、彼女が小学生時分、本家の外湯釜でサダトと二人、すっぽんぽんになっての”混浴”体験シーンだった。


幼い彼女の目に映ったサダトの幼い裸身…、それは以来、脳裏にこってり焼き付いていたのだが、不思議なことに、流子が年を重ね自らのカラダが成長するのに合わせるかのように、その原型たるサダト兄ちゃんの裸体も年相応に変化していったのだ。


今、思春期を迎えた彼女の心の奥には、当時からの思いから芽吹いた欲求がどくどくと沸き立つに至るのだったが、具体的にはテレビ画面に映ったり、雑誌のグラビアに載ったサダトを見ると、即、幼いころの全裸姿と脳内コラージュ現象を起こしてしまうのだ。


すなわち、サダトがヤンチャン系アイドルとして芸能界にデビューした後、流子の淡い想像は俄然、毛色を変えるものとなっていった。


***


そんな中、思春期真っ盛りの流子のとって、この時期にカレと会うことは自分でもある意味、危険もはらんでいるということも承知していた。


そう…、この時期の流子は、もうサダトを本気で愛していることを自覚していたのだ。
だが、年上の大物女優にソデにされ、傷心に打ちひしがれたであろうサダト兄ちゃんの”妹”という立場として力になりたい…。


あくまで彼女は、今度この大岬に”戻ってくる”カレとは純粋に有意義に接しようと自分に言い聞かせてはいた。
されど、心の奥ではちがった。
全く…。


そして…、この夜も流子は、幼少期の脳裏に焼き付いた”お兄ちゃん”が現在進行形でフラッシュバックさせるのだった…。