彼の部屋で



「サダ坊、またちょくちょく来いな。みんな、この大岬はサダ坊のふるさとだと思ってるしな」


「ハハハ、アニさんよう、サダ坊は売れっ子の芸能人なんだから、そうは来れんよ。なあ…」


ー一同笑ー


「とにかく、運転気をつけてね…」


「磯彦おじさん、おばあちゃん、みなさん…、今回は暖かく迎えてくれて感謝してます。とても…。ありがとうございました…」


”大岬のこの3日間…、温かかった…。オレは忘れない…”


その日の午後2時過ぎ…、サダトは潮田家の皆に見送られ、大岬を去った。


”サダト兄ちゃん、またね…。今度は東京で…”


流子とサダトの4年ぶりになる再会は、実質7時間足らずであった。
だが、流子にとってはデジャブの約束された濃縮の時…。
それに他ならなかったのだ。


***


その2週間後…、2学期を目前にした8月下旬の平日…。
あいにくの雨が降る中…、流子は都内にある”彼の部屋”を訪れた。


「…天気予報、外れだよね。小雨どころか台風じゃん、これ。ねえ…(苦笑)」


彼女は彼から渡されたタオルで、雨に濡れた服を拭っている。
あの時のように…。
だが、目線は現役芸能人のプライベートルームを、きょろきょろ見回しながらであったが…。


一方、サダトの目線は流子に吸い寄せられているようであった。


”雨に濡れた流子ちゃん…、なんて美しいんだ。眩しい…”


それは、目の前の少女に釘付け、うっとりという形容とは似て非なる、どこかサダトの深いところには屈折した”惹かれる”鑑賞が湧き起っていたのだ。


「はは…、全くだ…。会うたび、水拭いてる姿だ。でも、いい…」


「…」


流子は彼の瞳が何を語っているのか、何故か心にイメージが伝わった。


”私の体と水…。濡れてる私…、お兄ちゃんが見てるのは水…?”


***


「アハハハ…、でも、駅まで迎えに来てくれたんで助かったよ」


ここで彼の瞳が”戻った”…。
彼女は咄嗟に、水に”惹かれる”彼の瞳を拒んだのだ。


サダトが”それ”をどこまで感受できたのか…。
その回答は、この後二人が辿る運命を暗示していたと言えまいか…。


***


「夢みたいだ…。芸能人の部屋に入れるなんて。でも、それじゃなくても、サダト兄ちゃんの部屋なら、このドキドキ感は変わらなかったかな…」


サダトは思わずこぼれ笑いだった。


「…この前も言ったけど、ここにはファンの子も何人か来てさ。ホントはダメなんで、メンバーの上の人と事務所には結構きつく叱られてね。…やっぱさ、思ったよ。芸能界、オレ無理だわって…」


「でもねー、私の友達間じゃあ、お兄ちゃん、”レッツロールの良心”ってことだから。おおらかな南房総の土地柄はあるだろうけど、この前のバスタ、他の芸能人じゃありえないよ、ああいうの…。先生含めてさ…」


流子のコトバが嘘でも繕いでもないのは、サダトにもちゃんと伝わった。
その一方、条件反射的に自分を背伸びさせてしまう彼女の気負いが透けて見えたのも、また事実だった。
それは、今の彼にとって辛いものがあった…。


***


「サダト兄ちゃん、あけっぴろげで色気もそっけもないだろうけど、私、サダト兄ちゃんにここで抱かれるから。…普通に、水なしで…。それでダメでも私の気持ちは変わらないし!」


ここでの流子はいきなり、きっぱりと宣言した。
あえて…。


サダトもそんな彼女を正面からじっと見据え、それを受けた。


「流子ちゃん…、その前に渡すものがある。受け取ってくれるか?」


「うん…!」


ここでサダトはリビングチェストの引出しを開け、ビニールの小袋に入ったキーを手にすると、それを流子に差し出した。


「これって…⁉」


「うん…。これ、○○銀行に開設してある貸金庫のキーだよ」


「!!!」


即座に流子はローッカーの中身を想像した。
彼の目をじっと見つめながら…。

期待と不安…、怖れと迎え入れる気持ちを瞬時に何度も交錯させて…。