彼の事情



「はいよう…、なんらあ、テレビでえらい人気だから、サダトちゃんはよう。この辺のぶさいくな娘がさ、今度ここへ来るってんで、手ぐすね引いて待ってるらしいってねえ…。潮田さんの本家さんには、若い女の子が30人くらい押しかけてくるだろうから、気をつけなきゃいけないよって…。向かいの珠代さんが心配してくれてさあ」


御年85歳になる磯彦の母、枝津子は総入れ歯なので、長言になると、口元には唾液を数筋滴らせるが、滑舌は良い。


「本家のおばさん、そりゃ、大げさだよ。レッツロールはヤンちゃん系ではもうお年寄りのアイドルで、あの世界じゃあ、トウがたってるらしいですから」


流子とは父方のいとこ、鮎男は得意(持病?)の皮肉で、ある意味”彼らの実際”をこの場で晒した。


「まったく…!鮎男ちゃんはひねくれてるねえー。なんたって、大岬じゃあ、さびれた俳優一人出てなかったんだよ。なのに、サダちゃんはイケメンとかのアイドルでテレビに出まくってて。偉いよう…。素直に、すごいねえー、偉いねーって言えないのかねえ、あんたはさあ…」


「…」

流子の叔母に当たる海子はたまたま、嫁ぎ先の千葉北西部から、泊りがけで帰省していた。
彼女は竹を割ったような性格で、鮎男には天敵、流子とは手の合う仲だった。

***

「流子、とにかくよかったやん。7日はオレが大岬のバスタまで迎えに行ってやるから。そんでえ、ええと、何年ぶりだろな、お前とサダ坊が会うのはよう?」


「うん…、中3の時コンサート行って、遠目に見かけた以来だから…。2年ぶりだけど…」


ただし、直接会って話をするのは、4年前の夏に大岬へやってきた時以来となる…。


「ああ~、あの頃はレッツロール、人気がピークだったから。流子ちゃん、控室とかでも会えなかったらしいね。まあ今なら、親戚って言えば、すぐ会えるだろうけど」


すかさず、ニヒリストの浪人生、鮎男がまたも茶々を入れた。
ただし、この指摘は微妙に的をついていた。

実際に、サダトのことを心底応援していた流子も、このところのレッツロールの人気低落は実感しているところであったのだ。


***


「鮎男!言い加減皮肉ばっかで、何なんだ、お前‼サダトはよう、この大岬が好きなんだよ。きっと、年頃になった流子にも会いたくなったんだろうさ。なんでも、年上の大女優にはいいようにもてあそばれたってことだからなあ」


ここでビールをラッパ飲みにして、つまみの刺身をぱくついていた磯彦は、年の離れたいとこに当たる鮎男に大声で言い放った。
しかし…。


「ああ、それ、永島弓子ですよね。あの女、有名な下げマンですからね。あれからでしょう、サダ坊たちの人気、転げ坂になったの」


これも残念ながら、客観的に見て、頷ける見解ではあった。
ではあるが…、サダトを応援する立ち場の縁故者が、これを評論家のようにこうも口にしてしまっては身も蓋もない。
流子は思わずため息ついて、箸を茶碗に置いてしまった。