再会、そして抱擁



翌朝、流子たちを乗せたバスは、予定より20分以上早く大岬のバスターミナルに到着した。


「…流子、どうよ!カレ、来てるの?」


「うん…、ラインで早めに着きそうだって入れたら、もうバスタ来てるからって、今さっき返信あったから」


「そう!」


A子とB美は目を輝かせ、バスの車窓からさかんに目を配らせている。


「確か、○○ナンバーの黒いNボックスって聞いていたけど…。ああ…、アレだわ!」


流子が思わず”そこ”を指さすと、二人は窓側へ身を乗り出してその指先を追った…。


「わあ…!じゃあ、あの車の中に甲田サダトのホンモノがいる訳ね!」


「二人とも申し合せ通り頼むよ。彼は今日の午後、東京へ戻るんだから。時間取らせちゃ気の毒だよ」


流子はバスを降りる段になって、再度、念押しをした。


***


「大丈夫、承知よ。ふふ‥、流子と彼の時間を奪う野暮なマネはしないからさ」


「でさあ…、先生には言ってあるんだよね?」


「うん。最後のパーキング休憩ん時に話したから。各部のみんなはうまく誘導するからって」


「よし!じゃあ、私たち二人は流子と一緒でいいんだね?」


流子はクスクス笑いながら頷いた。


”今までも親しい部活仲間として、何かと”相談”に乗ってくれたA子とB美だもん。やっぱ、こういうときくらいは”特別扱い”してあげなきゃね…”


事実、流子は血の繋がっていない親類であるサダトに恋心を抱いていることを、この二人にはかなり前から告げていた。


彼女らは、それを決して他人に漏らしたりはせず、等身大ではあるが、部活仲間である流子の胸のうちに寄り添ってくれていたのだ。
その友情を流子は第一義と敷いていた。


***


午前5時15分…、大岬の○○高校水泳部と陸上部の他、5セクションの合同夏季強化合宿参加者は房総最南端に帰郷した。
信州北部から一路約7時間を費やし、2台のバスは彼らを勢いよく、大岬バスターミナルへと吐き出した…。


”プップーーッ…!!”


2号車のタラップから降り、潮田流子が大岬の地を踏んだその瞬間、黒い他県ナンバーから迎砲が鳴った。


”お帰り…!”


流子にはそうとしか聞こえなかった。


合宿仲間は皆、そのクラクションの主を追っている…。
やがて、その車の運転席からは右手が飛び出した。
そして、顔も…。


”サダト兄ちゃん…!”


もう流子は頭の中の段取りがリセットし、気が付くと、彼の乗る黒いNボックスに全力で走っていった。


「流子‥!!」


「A子、行こう!」


「うん…!」


流子の全力疾走にA子とB美は続いた。


そして水泳部顧問のZ教諭も…。


***



「サダト兄ちゃーん‼」


「流子ちゃん!」


サダトは車から降り、サングラス姿で流子に手を振っていた。
そして数秒後、二人はぶつかるように抱きあった。


「お帰り、流子ちゃん!」


「ただいま…」


流子の目はすでに潤んでいた。


”何て懐かしいの!サダト兄ちゃんのこの匂い、息遣い…。昔のままだ。嬉しい…”


***


「わー‼あれ…、レッツロールの甲田サダトだ!」


「やっぱ、来てたんだ、この大岬に!」



”キャー!!”



他の生徒たちも事態を把握するや、一斉にA子とB美の後を追いかけて走って行った。


「待てー‼みんな、”彼”は時間がないんだ。サインとか写真とかはねだるな!潮田は4年ぶりでやっと会えたんだ…。やっと…」


「…」


○○先生の発した制止の声に、皆は申し合わせたかのように立ち止まった。


***


その瞬間、彼女らの脳裏には、この千葉の片田舎に幼少時、よく訪れたと周知されていた有名アイドルグループのメンバーが、”今”なぜ戻ってきたのか…、その理由が咄嗟に思い浮かび上がったのかもしれない。


あの年下キラーで名の通る女優、永島弓子との破局でスキャンダルの渦中に身を晒された傷心癒えぬ24歳の芸能人たる彼が、自分たちが通う高校の同級生にわざわざ会いに来た…。


その厳粛な再会シーンが、たった今目の前で実現してる…。
彼女らは、このリアルタイム感を瞬間的に捉えたのだろう…。


”パチパチパチ‥”


気が付くと、早朝の大岬バスターミナルは、二人の抱擁に拍手の音がこだました。
それは、突き抜けるような透明感のある響きだった…。