「……ふむ。確かに、卿の言うことも一理ある。卿とカミーユが婚約していなければ、確かに私はもっと早い段階で彼女に求婚していただろうから。しかし、それが理由で卿のことを気に喰わないということは有り得ん。貴族として政略結婚は当たり前の事だ。その上、君と婚約している間、彼女が危険に晒されることはなかった。私からは、感謝の言葉しかない」



 ジョエルと婚約していた三年の間、カミーユが怯えるような事態に陥ることはなかったと聞いている。彼女の私生活に、部外者である自分が頻繁に首を突っ込むわけにもいかず、稀に彼女の状況を探っていただけだが、それでも彼女が煩わされるようなことはなかった。少なくはあっても、夜会などに顔を出す機会があったにも関わらず、だ。

 それもこれも、父であるバスチアンと、婚約者であるジョエルが傍で護って来たからに他ならなかった。
 だからアルベールから彼に伝えるのは、感謝の言葉以外ないのである。

 ジョエルはアルベールの言葉にまた驚いたようで、その蒼い目を大きく瞠っていて。はは、と楽しそうに笑っていた。



「真面目な方だとは思っていましたが、想像以上ですね。私は婚約者として、当然のことをしていただけですから。……閣下がそこまで深く想ってくださるから、カミーユ嬢も婚約を受け入れることにしたのでしょうね。三年の間婚約していましたが、私とは、触れることで精一杯だった。それなのに閣下とは、このひと月半ほどの間でエスコートまで受けられるようになったと聞きました。先を見ることが出来たから、カミーユ嬢も前向きになったのでしょう」



 「良かった」と呟く彼は、本当に安心したような表情をしていた。政略とはいえ、彼がカミーユのことを憎からず思っていたのは、その顔を見れば分かった。

 彼のそんな心境を複雑な心地で聞きながら、しかしアルベールもまた頷く。「そうであれば良いのだが」と口にしながら。

 男性を恐れ、三年経っても触れる事しか出来なかったから、ジョエルとの婚約が解消されたのだ。だからこそ、自分は彼女に慣れてもらうために、毎日彼女の元へと通った。アルベール・ブランという存在が、カミーユの中で当たり前の存在になるように、毎日毎日彼女と共に過ごした。

 その努力が実を結び、やっとのことでエスコートを受けてくれるようになり、正式に婚約することが出来たのである。彼女の負担にならない程度に、これからもっと距離を縮めていきたかった。心も、身体も、全て。



「……私の理性が保つ内に、私のことを受け入れてもらいたいものだな。彼女が望まないというのに、彼女に触れてしまうのならば、私は私の腕を自ら切り落とさなければならなくなる」