“すまない”と笑ってしまったことへの謝罪の言葉を口にした専務に私は慌てて“いえ!”と顔を横に振った。

専務は私と目が合うと
“お礼を言われるようなことはしてないから。それよりあまり無理しないようにね”
と優しく微笑んだ。

そんな素敵な笑顔で優しい言葉掛けられたら
惚れてしまうなと言う方が無理がある。
思わず、数十秒間彼の笑顔に見惚れてしまう。
しかし、ハッと我に返り
“は、はい。ありがとうございます”
もう一度、お礼の言葉を呟いた。

すると、今度は“因みに君の名前は?”と
いきなり名前を聞かれてたのだ。
そこに下心はないと分かっていてもズキュンと心臓をぶちぬかれてしまうほど破壊力がある。

気が動転した私は“名乗るほどのものではっ”
と、あろうことか上司を前に突飛な返答をしてしまう。

うわあっ、何を言ってんだ私。

“す、すみません。経理課の上杉桜良と申します。”

私は頭を深く下げながら言い直した。 

しかし、彼はクククッと再び笑いを堪えながら“上杉さんだね。私は皆藤竜海です。一応うちの専務なんだけど仕事で顔を合わす機会ないから知らないよね”と自己紹介してくれた。

いえいえ、よーく知ってますとも。
うちの会社で専務のことを知らない女性社員なんておりません!

私は心の中で否定していると無常にも私が降りる8階でエレベーターの扉が開いた。

“あっ、すみません。ここで失礼します”

私は専務に向けてペコリと頭を下げると
エレベーターを急いで飛び出した。
そして閉まりかける扉に向かってもう一度頭を下げて歩きだそうとした時、足がもつれて躓いてしまった。
咄嗟に専務の方に目を向けると、閉まる扉で“あっ?!”と目を見開いて固まっているのが見えた。