「禅ちゃん...」
「桜良ちゃん、相変わらず嘘が下手だよね...
おかしいと思って追いかけてきて良かった」
「邪魔するなッ」
男はすごい剣幕で叫ぶと、ポケットからナイフを取り出した。
禅ちゃんはナイフを見て「マジ...」と苦笑いしながらも
後ろ手で私を自分の後方へと庇うように追いやる。
「お前さえいなくなれば、俺は萌香さんと幸せになれるんだ...」
男は私たちにナイフを向けたまま、ブツブツと呟いた。
もえか...。
私の知る限り、モエカという名前は竜海さんの秘書の松谷さんだけだった。
「萌香?」
禅ちゃんもその名前に心当たりがあるのか、首を傾げて
考え込んでいる。
「あのッ、もしかして、萌香さんて松谷さんのことですか?」
私は恐る恐る問いかけた。
「ああ、そうだよ。お前が秘書課でずっといじめていた女だ。」
「いじめ?私、いじめなんてしてませんッ
それに私は経理課だったから秘書課の松谷さんと
関わる機会なんてありませんし。
誤解ですッ」
この人はなにか誤解をしている。
もし誤解が解けるなら
今のこの危機的状況を脱することができるかもしれない。
私は必死に声を張り上げて誤解を解こうとした。



