それから、バニラはわーと叫ぶと。
「もう、我慢なりませんわ。一度、スカジオンに戻ってテイリー様に報告を…」
「いやいや、待って。バニラ。落ち着いて。ね、大丈夫じゃないけど…とりあえず、落ち着いて」
 バニラの手を掴んで、なんとかなだめた。

 怒りたかった。
 泣きたかった。
 ブチ切れたかったけど、バニラの前じゃそんなこと出来ないと思ったから、ただひたすら我慢する。
 今は、感情に流されている場合じゃなくて。
 泊まるところを確保しなきゃ…

 この辺で知り合いがいるとすれば、農業を営んでいるカスミさんしかいなかった。
 とにかく、カスミさんの屋敷へ行って、今日だけでも泊まらせてくれるかどうか交渉してみようと、バニラに提案した。

 道中、バニラと私は一言も喋らなかった。
 お互い、ショックと怒りで声も出なかった。
 黙々と歩き続けたけど。
 カスミさんの屋敷には辿り着かない。
 絶望と空腹と…足の痛みで悲鳴をあげたくなった頃。
 ようやく、カスミさんの屋敷に辿り着いた。

 どうか、カスミさんが留守じゃありませんようにと。
 祈りながら、玄関にあるベルを鳴らすと、お手伝いの男の子が出て来たので。
 カスミさんに用があると伝えた。
 すぐさま、カスミさんがやって来て。
 簡潔に…話すと長くなるからとにかく簡潔に今の事情を話した。
 蘭様に住んでいた家を追い出されて引っ越したのだが、引っ越し先が廃墟で住めたもんじゃないので一泊だけ泊めてくれないか…と。
 カスミさんは驚いていたが。
 根は良い人だから絶対に泊めてくれると思っていた。
 どうぞ…と中に入れてくれるのだろうと、期待を込めていると。
「ごめんなさい。うちに泊めることは出来ません」
 冷水を…頭からかぶったような言葉だった。