(わたくしはダメな人間なのだわ)


 笑ってはいけない。声を発することも――――そもそも、ここに存在してはいけない人間。いるだけで人を不幸にするのだと、そんな風に思えてくる。
 今すぐここから逃げ出したい。消えてしまいたい――――そう思ったその時だった。


「ディアーナ」


 頭上から、誰かがわたくしのことを呼ぶ。テノールの良く響く声だった。ジャンルカ殿下の声とよく似ているけど、少し違う。億劫ながらも顔を上げると、そこにはわたくしが思った通りの人物が立ってた。


「殿下」

「――――サムエレで良いって言ってるのに、頑なだなぁ」


 そう言って殿下は穏やかに笑う。

 サムエレ殿下――――昨日までわたくしの婚約者だったジャンルカ殿下の実の弟だ。
 わたくしと同い年で、文武両道、眉目秀麗。神に愛されたような才能あふれる御方だ。王族なのに、どこか砕けた口調で話すところが玉に瑕だけど、それ以外は非の打ちどころがない。ジャンルカ殿下がコンプレックスを抱くのも納得の、我が国が誇る第二王子である。