「怖い思いをさせてすまなかった。まさか兄上が会場に忍び込んでいるとは思わなかったんだ。本当に、申し訳ないと思っている」


 サムエレ様はあれから何度も、すまないと繰り返した。震えるわたくしの肩を擦りながら、苦し気な表情を浮かべる彼に、何だかこちらまで申し訳なくなる。


「いいえ、サムエレ様。サムエレ様が悪いわけではございませんわ」


 悪いのは全て、ジャンルカ殿下だ。
 そう答えるわたくしに、彼は首を横に振った。


「兄上は焦っていたんだ。父上の提示したタイムリミットが迫っていたし、学園でディアーナと兄上が会わないよう、俺が裏でずっと手を回していたからね。
だからこそ兄上は、今夜この会場に忍び込んだ。
ここなら護衛達も表だって動きづらいし、ディアーナに近づく隙がある――――兄上にそう思わせてしまった。俺の落ち度だ。
本当に申し訳ない」


 そう言ってサムエレ様は大きく頭を下げた。今にも泣きだしそうな、そんな表情。
 けれどわたくしは、寧ろ穏やかな気分で、彼に向かってそっと微笑んだ。