夜会の当日。サムエレ殿下は馬車に乗って、わたくしを迎えに来てくださった。
 クラシカルな黒い紳士服に、青色のクラバット、夜の闇と金に輝く彼の髪色のコントラストも相まって、何だかとても神々しい。


(すごい……素敵すぎる)


 そんなことを思いつつ、わたくしは努めて平静を装う。
 本当は心臓が飛び出しそうな程、ドキドキしていた。キッチリと着こなした正装や、いつもよりも強い香水のせいだろうか?同い年だというのに、色気がすごい。普段の爽やかな制服姿とは違った魅力がそこにはあった。


「綺麗だよ、ディアーナ。よく似合ってる。
今夜のドレスはこれまでの夜会で着ていたものと雰囲気が違うね。すごく……可愛いよ」


 そんなことを思っていると、サムエレ殿下はそう言って眩しそうに目を細めた。途端に胸がキュンと甘く疼く。頬のあたりで髪の毛をそっと掬われて、一気に思考が停止した。


(社交辞令……殿下にとってこれは社交辞令なのよ)


 心の中でそう唱えつつ、わたくしはそっと俯く。
 貴族社会において、社交辞令は基本中の基本。息を吸うぐらい当たり前に口にできなければならない。サムエレ殿下もそれを行動に移しただけだ。


(というか)


 そんな風に思っていないと、とてもじゃないけど冷静な自分に戻れない。殿下の一言でこんなにも舞い上がっている――――そんな自分が恥ずかしくて堪らなかった。