「……埃がついてる」
訝しむ彼の肩に触れたまま10秒間やり過ごす。
ふと律の瞳が翳ったのを見て、瑠奈は青ざめた。この光景は見たことがある。
「まさか、記憶が戻って……?」
「どうだろうな」
次に彼が何をしようとしているのかを察し、いち早く逃げ出そうとした。
しかし、大雅はすぐさま瑠奈の腕を掴み、背後に回り込むと両手をまとめ上げる。
「いや! やだ、離して!」
必死に抵抗するも、当然ながら力で敵うはずもなく、叫び声だけが虚空に吸い込まれる。
律が瑠奈の頭に触れた。
断片的に切り取られた記憶のフィルムが抜け落ちていく────。
ほどなくその手が離れると、彼女は電池が切れたように大人しくなった。
大雅も腕をほどいて離れる。
「どうしよう……殺される……」
泣きそうな面持ちの瑠奈は震える声で呟いた。
狙い通り、屋上に現れたときの様子へと逆戻りだ。
おぼつかない足取りで歩いていく彼女を見送ると、律の操作を解いた。
割れるような頭痛と息苦しさが反動として襲ってくるも、ひた隠しにして平静を装う。
「ん? 俺……」
律は戸惑ったように視線を彷徨わせた。
何だか妙な感覚だ。
一瞬、意識が飛んでいたような────。
「どうかしたのか?」
「……いや、別に」
あっけらかんとして涼しい顔で尋ねる大雅に、反射的にそう答えた。
「そっか。じゃ、俺こっちだから」
「ああ……」
違和感に首を傾げる律と別れ、大雅は角を曲がる。
視界から外れたその瞬間、塀に手をついて咳き込んだ。
喉や内臓が焼けるように熱い。
ぎゅ、と掴んだ胸元のシャツにしわが寄る。動悸と苦しみが伸しかかる。
どうにか呼吸を整えながら、血のついた口元を拭った。



