「新顔か?」
「あ、く、胡桃沢瑠奈です……」
何となく萎縮してしまいながら、おずおずと名乗った。
彼は目を細めて「ふーん」とだけ返すと、興味なさげに屋上のふちの方へ歩いていく。
自己紹介を返す気もないらしいその様子を見兼ね、律が代わりに説明した。
「こいつの名前は“ヨル”。本名は……早坂瑚太郎」
初めて明かされたその名に、図らずも大雅の瞳が揺れる。
早坂といえば、陽斗を襲った犯人だと疑われている魔術師だ。
けれど、律の独断で明かしてよかったのだろうか。
つい冬真を窺うと、一瞬だけ目が合ってすぐに逸らされる。
反応を見られていたのかもしれない。
情報を餌に大雅の反応を窺い、処遇を判断するつもりだ。
そういう意味では、大雅にとって正念場かもしれなかった。記憶が懸かっている。
悠々と立っていたヨルは、律の言葉に勢いよく振り返った。
「本名だ? 何言ってんのか分かんねぇな。オレはオレだよ」
瑠奈はその態度に首を傾げてしまう。
何を言っているのか分からないのはこちらの方だった。
「……こいつは、いわゆる“二重人格”なんだ。メインの人格は早坂で、裏人格がこのヨル。夜の間はずっとこいつに乗っ取られてる」
その話は大雅も初耳だった。
彼らの戸惑いに構わず、律は淡々と続ける。
「早坂の方は穏やかな性格だが、ヨルは正反対。狂気的で残忍で、夜な夜な魔術師を殺し回ってる。水魔法使いの魔術師だ」
合点がいった。
陽斗を襲ったのは間違いなく瑚太郎だが、正確には瑚太郎ではなくヨルの方だ。
そして、彼の頭の中が真っ暗なのは、ヨルが本来存在しないはずの裏人格だからだ。
ほどなくしてテレパシーが切断されたのは、日が昇って瑚太郎に戻ったからだろう。
ヨルを取り巻いていた謎が霧消すると同時に、どうしたものか、という次なる問題が生じる。
仲間たちは既に瑚太郎と接触してしまった。
彼を仲間に引き入れる判断は先延ばしになったようだけれど、蓮の異能を思えば、下手に敵対するべき相手ではない。
かと言って、素直に受け入れるのがベストとも言いきれない。
瑚太郎自身に悪意や敵意がなくても、彼にはヨルという厄介な存在が付随してきてしまうのだ。
ヨルはふいに、憤然と律の胸ぐらを掴んだ。
「何が“裏”だ。乗っ取られてる? ふざけたこと抜かすな。オレはオレなんだよ! 誰かの影みてぇなこと言ってんじゃねぇ!」



