「……心配いらない。気絶させただけだ」

 メガネを押し上げ、慧は言った。言わばスタンガン代わりである。

 小春は、ほっと息をついた。今の行動もそうだが、小春の意見を正論だと認めたことも、正直意外だった。

 冷淡な慧だが、少なからず温情を持ち始めているのかもしれない。

「頼む……」

 弱々しく大雅が懇願する。

 かと思えば、横たわっている琴音に向かって歩き出した。

 慌てて奏汰が硬直魔法を繰り出し、大雅の動きを封じる。

「頼む、慧。俺にもやってくれ」

 大雅の言葉に慧はわずかに顔を擡げる。

 届かないSOSを孕んだような、痛切な声色だ。

「俺を止めてくれ!」

 それしか方法がない。

 無論、気を失えば術が解けるわけではないが、充分な時間稼ぎになる。

 傀儡とは異なり、意識さえなければ動くことは出来ないのだから。

「……分かった」

 慧は再び手に雷を宿すと、大雅に放って気を失わせた。

 それにより硬直も解除され、その身体が地面に倒れ込む。



 不意に、風の音や虫の声が聞こえるほどの静寂が落ちた。
 各々が思わず息をつく。何だか、どっと疲れてしまった。

「念のため拘束しておこう」

 慧が言い、自身のネクタイをほどく。

 大雅に操られた小春が自宅へ来たのは、ちょうど塾から帰ったタイミングだった。制服を着ていて良かった。

 慧が、後ろに回した大雅の両手首を縛っているのを見て、小春は瑠奈に寄った。

 彼女の制服のリボンを外し、その手首に巻き付ける。

 締めすぎないよう注意しながら留め具をはめ込んだとき、チカッと眩い光に照らされた。

「……ん、蓮?」

 突然スマホのライトで照らしてきた蓮に戸惑いつつ振り返ると、その手が伸びてきた。尚さら困惑する。

「怪我」

「え……?」

 蓮の手は頬に届く前に止まった。

 小春が自分の頬に触れてみると、確かに何やら血が乾いたような感触があった。

「本当だ、気付かなかった」

 教室で瑠奈から逃げた際、割れたガラスで切ってしまったのだろう。

 改めて脚や手などを確認すると、ところどころに切り傷が出来ていた。

「大丈夫か? 痛むなら今すぐ────」

「平気平気。大したことないよ」

 小春は笑って手を左右に振った。強がりではなく、本当に何てことはない。

「なぁなぁ、それよりうちらどうするん? ここで待機?」

「……そうだな。拘束してるとはいえ、見張っておく必要がある。瀬名もいつ目覚めるか分からないしな」

 慧はメガネを押し上げつつ、横たわる琴音を見下ろす。ブレザーを脱ぎ、ブランケット代わりに掛けてやった。

 奏汰は空を仰ぐ。重たげな夜の帳が上がるまで、まだ少し時間がありそうだ。