ずっと引っかかっていた“殺し”に対する認識が初めて言葉になった。
凜とした小春の言葉に静寂が落ちる。
アリスは反論を口にしようとしたものの、それより先に慧が口を開く。
「正論だが、いまはそんなことを言っていられる状況じゃない。向こうの殺意を甘んじて受け入れるのか?」
厳しい言い方だが、真っ当な言い分でもあった。
それは小春にも理解できる。
「悪いが、僕はお断りだ」
手に青白い稲妻を走らせ、慧は瑠奈の方へ駆け出した。
何かを言う隙もないうちに雷撃が放たれる────バチッ、と鋭い音がしたかと思うと、瑠奈の膝から力が抜けた。
どさりと地面に崩れると、ステッキを手放して横たわる。
意識を失ったか、あるいは。
「望月くん。まさか……」
「……心配いらない。気絶させただけだ」
言わばスタンガン代わりである。
小春は、ほっと息をついた。
いまの行動もそうだけれど、小春の意見を正論だと認めたことも正直なところ意外だった。
「頼む……」
弱々しく大雅が懇願する。
それでもなお、琴音に向かっていこうとするのを奏汰が硬直魔法で封じた。
「頼む、慧。俺にもやってくれ」
届かないSOSを含んだような、痛切な声色だ。
「俺を止めてくれ!」
それしか方法がない。
もちろん気を失ったところで術が解けるわけではないものの、十分な時間稼ぎになる。
傀儡とは異なり、意識さえなければ動くことはできないのだから。
「……分かった」
────稲光と雷鳴がおさまると、ふいに風の音や虫の声が聞こえるほどの静けさが訪れた。
ちかっ、と唐突に眩いスマホの光に照らされ、小春は戸惑いつつ振り向く。
「……ん、蓮?」
「怪我」
「え……?」
伸びてきた蓮の手は頬に届く前に止まった。
小春が自分の頬に触れてみると、確かに何やら血が乾いたような感触があった。
「本当だ、気づかなかった」
教室で瑠奈から逃げたとき、割れたガラスで切ってしまったのだろう。
頬だけでなく脚や手にも切り傷が刻まれている。
「大丈夫か? 痛むならいますぐ────」
「平気平気。大したことないよ」
小春は笑ってみせた。強がりではなく、本当に何てことはない。
「なあなあ、それよりうちらどうするん? ここで待機?」
「……そうだな。拘束してるとはいえ、見張っておく必要がある。瀬名もいつ目覚めるか分からないしな」
慧はメガネを押し上げつつ、横たわる琴音を見下ろす。
ブレザーを脱ぎ、ブランケット代わりにかけてやった。
重たげな夜の帳が上がるまで、まだ少し時間がありそうだ。



