────そのとき、遠くの方から誰かが駆けてくる足音が聞こえたような気がした。
「瀬名さん!」
はっと目を開け、顔を上げた。
教室の戸枠の中に小春が立っている。
「水無瀬、さん……」
「何で小春ちゃんがここに……」
瑠奈は動揺したものの、限界の近づいた大雅が術を解いていたことを思い出す。
どうやって琴音の危機を嗅ぎつけたのかは分からないものの、邪魔をするなら石化させるまでだ。
小春は琴音の血に驚いたけれど、それが外傷ではなくあくまで反動によるものだと気づき、少しだけ気が抜けた。
予断を許さない状況なのは確かでも、どうやら間に合ったようだ。
「せっかく琴音ちゃんを殺れるチャンスなの。邪魔しないで」
標的を変え、ステッキを小春に向けた。
琴音の方へ向かいかけていた小春の足が自ずと止まる。
迫り来る瑠奈からあとずさると、太腿の裏に机が当たった。
その瞬間、瑠奈がステッキを振る。
「!」
とっさにその軌道から逃れると、先ほど背後にあった机が石と化す。
駆けて避けた勢いのまま、琴音のもとへ滑り込んだ。
「瀬名さん、大丈夫?」
「……っ」
「瀬名さん!」
蹲っていた彼女はふいにがくりと脱力した。
支えるように手を添える。
限界を迎え、ぎりぎりで保っていた意識をとうとう手放したようだ。
琴音に触れる手に能力を宿すと、ぼんやりと淡く光る。
ふっと彼女の身体が持ち上がって宙に浮いた。
そのまま庇うようにして立つと、毅然と瑠奈と対峙する。
「ふーん……それが小春ちゃんの魔法?」
瑠奈はさして興味なさげに言い放った。
大した脅威でもなさそうだ。その程度なら、自分の方に軍配が上がるだろうと踏む。
第一、琴音を浮遊させたところで意味はない。
余裕の笑みをたたえ、手中で弄んだステッキを薙ぎ払うように振った。
すると、目にも留まらぬ速さで小石のようなものが飛んでくる。
「……!」
小春は素早く琴音を横抱きにし、慌ててそれを躱した。
浮遊させているお陰で重みはない。
瑠奈の放った石が窓に直撃し、激しい音とともにガラスにヒビが入る。
(何あれ……!?)
まるで銃弾のようだった。まともに食らっていたら命はない。
瑠奈は対象を石化するだけでなく、石を操ることができるのだと考えた方が正しいようだ。



