ずきずきと締めつけられ、揺れる頭の中でうっすらと大雅の声がした。
「き、りゅう……?」
『絶対に異能は使うな!』
脈打つ拍動が琴音から体力を奪っていく。
いまにも意識が飛んでしまいそうだったけれど、どこか冷静な自分がいた。
彼はいま、異能が使えないのではなかったのだろうか……?
自嘲するような乾いた笑いがこぼれた。
「もう、手遅れよ……」
そう呟くと同時に、ガラ、と扉が開かれる。
廊下の窓から射し込む月明かりを背に、ほくそ笑む瑠奈が立っていた。
◇
少し時をさかのぼる。
小春は戸惑った。ここはどこだろう。
住宅街を抜けた交差点の手前に、なぜかぽつんと立ち尽くしていた。
こんなところへ来た覚えはないのに。
(そうだ、大雅くん……!)
はっとひらめく。彼に腕を掴まれてからの記憶が抜け落ちていた。
間違いない。彼が何かしたのだ。
「大雅くん、わたしに何をしたの!?」
小春は顳顬に人差し指を当て、慌てて呼びかけた。
『わたし、何か記憶が────』
テレパシーを受け取った大雅は、もたげた足の靴裏を塀に当てる。
いつもと変わらず気だるげな様子で、けれど真っ当な嘘を頭の中で構築していく。
「記憶? あー、それはな……」
何気なくカーブミラーを見上げた。
街灯に照らされた自分の姿が映っている。
「…………」
ふいに言葉が切れる。
はたと我に返った大雅の表情から、余裕の色が消えていく。
「……くそ! しまった、やられた」
慌てて身を起こすと、くしゃりと髪をかき混ぜる。
『え? どうしたの……?』
「俺の記憶が操作されてた! しかも冬真に絶対服従の術までかけられてる。“琴音を殺せ”って!」
『えっ!?』
「俺……おまえのこと操って、全員ばらけさせたんだよ。連続で瞬間移動させて、疲弊した琴音を瑠奈に仕留めさせるために」
『そんな……!』
大雅は急いで琴音にテレパシーを飛ばした。
「聞こえるか、琴音!」
一拍置き、弱々しい琴音の声が返ってくる。
『き、りゅう……?』
「絶対に異能は使うな!」
もう遅いかもしれない。
既に大きな反動を受け、かなり衰弱しているようだ。
「頼む。12時間……俺と瑠奈から逃げきってくれ」
その数字は、冬真による絶対服従の効果時間だった。一度術にかかると約半日は解けない。
それ以降、琴音からの返答はなかった。



