ウィザードゲーム〜異能バトルロワイヤル〜


 記憶操作は不完全であり、これまでも幾度(いくど)となく、大雅は消したはずの記憶を蘇らせてきた。
 あくまで一時しのぎと捉えるべきなのだ。

 冬真はしかし、ゆるりと首を左右に振った。
 “殺さないよ、いまはまだ”────言葉はなくともそう言われている気がして、ため息をつくほかなかった。

 以前も言っていたように、大雅自身を気に入っているのだろう。いますぐ殺すには惜しいほど。

 化かし合いのスリルを味わうことや、生意気で頭の回転が速い彼をねじ伏せる優越感に浸っていたいのかもしれない。

 不都合が生じるたび何度もセーブデータをリセットしながら、同じゲームを遊び続けているというわけだ。
 律は初めて、少しだけ大雅に同情した。



     ◇



 少し後ろを歩きながら、瑠奈は何度も大雅の背中に目をやった。

 屋上での出来事が頭から離れない。

 ただでさえ彼が裏切っていたという事実にも驚きなのに、冬真の行動は狂気的だった。

 彼を裏切れば、記憶を操作された上で操られてしまうということだ。
 ただ殺されるより背筋が寒い。やることなすことが恐ろしすぎる。

 あの優しげな微笑みの裏に隠している本性は、まさしく鬼畜(きちく)そのものだ。

「ね、ねぇ……脚、大丈夫?」

「あ? ……あー、そういえば何で石化してたんだ?」

 当たり(さわ)りのない疑問をぶつけたつもりが、図らずも探るようになってしまった。
 本当に覚えていないのだ。記憶を失っている。

(そりゃそっか、魔法だもんね。やばいのは如月冬真だけじゃないんだ……)

「分かんない。あたしは冬真くんの言葉に従っただけっていうか、身体が勝手に────」

 嘘に事実を混ぜて答えた。
 大雅は「そっか」とだけ短く返し、不思議そうに首を傾げている。

「あのさ、それより琴音ちゃんの居場所って分かるの?」

 下手に追及されないうちに話題を変えた。
 深夜ということもあり大抵は家にいるだろうけれど、大雅は念のためテレパシーを繋いだ。

「いま、どこにいる?」

『……桐生? 家だけど。こんな時間にどうしたの?』

 琴音は起きており、予想通り自宅にいるようだ。

「いや、何でもねぇ。ただ、これからまずい状況になるかも」

 神妙な声色の大雅を、思わず窺うように見やる。
 記憶が残っているのか、あるいは取り戻したのかと思った。

『何かあったの?』

「俺の裏切りが冬真にバレた。何とか逃げてる状況だけど時間の問題だ。悪ぃけど、おまえらの安全も保証できねぇ」

『そんな』

「とりあえずおまえはそのまま家にいろよ。何かあったら、おまえに頼むから」

 仲間に危機が迫っても、琴音の瞬間移動を使えば回避の隙がある。そういう意味だ。

『分かったわ』

 凜とした琴音の頷きを得ると、顳顬から人差し指を外して瑠奈に向き直る。

「よし、これでひとまず琴音を自宅に拘束できた」

 瑠奈は大雅の記憶が戻っていないことを確信したと同時に、その言葉に表情を緩めた。

「じゃあ琴音ちゃんの家に行けばいいってことだね」

 逃げも隠れもできない彼女を殺すことができる。