陽斗は確かに以前、彼からその異能をコピーした。
けれど、瑚太郎は臆病で気弱な性格ゆえに、積極的に魔術師を襲撃するようなことはしてこなかったはずだ。
それに、友だちであるはずの陽斗に問答無用で襲いかかるなんて、にわかには信じられない。
「……あ? てめぇもそう呼ぶのか」
ややあって、彼は低めた声で苛立たしげに言った。
(瑚太郎じゃない?)
けれど、水魔法の持ち主は瑚太郎のはずだ。
意味不明な呟きに戸惑っているうち、轟々と地面がうねって急速に渦巻いた。
突き上がった強烈な水柱が迫ってくる。
とっさに避けきれず、陽斗は凄まじい水圧に弾かれて地面を転がった。
何とか着地するも、あちこちに擦り傷を負う。
水柱に貫かれたような衝撃が全身に響き、くらくらと目眩がした。
あたりに雨のような水飛沫が降りしきる。
「くそ……。やっぱオリジナルには敵わないか」
陽斗が小春たちに同じ術を使ったときとは威力が段違いだった。
けれど、嘆いてもどのみち逃げられはしない。
彼は自分を殺すつもりでいる。陽斗に残された選択肢は、戦うか死ぬかだ。
浅い呼吸を繰り返しながら、氷壁を作り出して時間を稼ごうと考える。
しかし、手をもたげた瞬間に彼が水の塊を放った。
「やっ……ば」
あれには見覚えがある。
空中でも形を保ち、まるで意思を持っているかのように動く蛇のような水。
陽斗が小春に使ったのと同じ技だ。
慌てて立ち上がった陽斗は、たたらを踏みながらも地面を蹴って走り出した。
転びそうになりながら何度も角を曲がり、水の追撃から逃れようとするも、先に身体が限界を迎えた。
「く……っ」
水柱を食らったせいで既に消耗しており、視界が霞んで速度が落ちる。
水の塊は陽斗に追いつくと、飲み込むようにまとわりついた。
(苦しい……。誰か……!)
呼吸を整える間もなく、水中に閉じ込められた。
すぐそこに空気が、酸素があるのに、水を引き剥がせない。掴むことができない。
しばらくそうしてもがいていた陽斗だったが、ふっとその双眸から光が失われる。
やがて力尽き、その場に倒れた。
「……死んだか?」
悠然と歩いて追いついた彼は、動かなくなった陽斗を見下ろして誰にともなく尋ねる。
その唇が満足気に弧を描いた。
ばしゃ、と陽斗にまとわりついていた水が弾け、地面に滴り落ちる。
彼はきびすを返すと、夜の闇の中へ溶けていった。



