「な、何か用ですか……?」

 女子生徒は戸惑いを顕にしたが、大雅はその問いには答えない。

「いいから、三秒黙ってろ」

 彼女は眉を寄せたものの、素直に応じた。というよりかは、困惑のあまり自ずとそうなった。

 大雅は三秒間、彼女と目を合わせると告げる。

「明日の放課後、駅前のバーガーショップに来い」

「な……、え? 何で? 何なの? 新手のナンパ?」

「違ぇよ、お前になんか興味ねぇ。とにかく来いよ、胡桃沢瑠奈」

 女子生徒もとい瑠奈は、自身の名を呼ばれたことに息を飲んだ。はっと瞠目する。

「何で、あたしの名前……」

 知り合いなどではないはずだ。彼には見覚えがない。

 見たところ、星ヶ丘高校の生徒らしいが、そこに知り合いはいない。

「魔術師のお前なら何となく察しがつくんじゃねぇか?」

 瑠奈の心臓が焦りと緊張で大きく鳴った。

 何故、魔術師であることがバレているのだろう。

 名前を知っていることと言い、確実に只者ではない。

「じゃあ明日な。来なければ、お前が石化魔法と“物体複製魔法”を使う魔術師だと他の魔術師にバラす」

「!?」

 瑠奈は瞬きも呼吸もすっかり忘れ、ただただ圧倒されていた。

 居竦まるように硬直していた。

 すたすたと歩き去っていく大雅の背を見つめながら、最善の判断を模索する。

 敵かどうかは分からないが、少なくとも脅威ではある。

 今、攻撃を仕掛けようか……? それとも明日、奇襲をかけようか。

 そんなことを考えていると、大雅が振り返った。

 彼は黙って振り向いただけだったが、瑠奈の戦意を喪失させるには充分だった。

 それを悟ったのか、大雅は前を向くと再び歩き出す。角を曲がって見えなくなった。

(無理……、怖すぎでしょ)

 琴音といい、今の見知らぬ男子といい、何て強力なのだろう。

 果たして、自分はこの中で生き残ることが出来るだろうか。

 明日は最低限、殺されないように気を付けなければ────。

 瑠奈はそう心に決め、逃げるように駆け出した。



 一方の大雅は屋上へ戻り、たった今知り得た情報を共有する。

「名前は胡桃沢瑠奈。名花高校二年B組。魔法は石化と物体複製。物体複製の方は殺して奪ったみてぇだ。その相手の情報は端折るぞ」

「ああ。聞く限り、実戦に向いていそうだな」

 律は腕を組みつつ言った。

「明日の放課後、駅前のバーガーショップに呼び出したからな」

「何故そんなところに……」

「そこなら人多いし、向こうも多少警戒緩めて来るだろ」

「まぁ、一理あるな」

 律は同調した。

 大雅は両手をポケットに突っ込み、ドアの方へ足を向ける。

「……んじゃ、俺帰るわ。また明日な」

 そう告げると、先ほどと同じ流れで校舎を出て帰路についた。



 歩いて行く大雅を見下ろした律は一息つく。

「桐生はまだ気付いてないみたいだな。このままあいつと目を合わせないようにしていれば、バレることはないか」

 冬真は律の言葉を聞きながら、ただ穏やかな表情で深い藍色の空を見上げた。

「一応、バレても俺が何とか出来る(、、、、、、)が」

 律は続け、冬真に向き直る。

「しかし、如月……。お前もなかなかにゲスでクズだな。散々あいつを利用したくせに、今になって殺そうとは」

 冬真は律の言い様に特に気を悪くした様子もなく、夜風を感じるように悠々と目を閉じた。

 結局は大雅も駒の一つに過ぎないのだ。

 魔法の強力さ、利便性を差し引いても、大雅個人が冬真にとっては扱いづらい(、、、、、)のだ。

 しかし、だからこそ自分の力でねじ伏せたいとも強く思う。

 殺したいが、殺したくない。

 だが、最終的には殺す羽目になるのだろう。

 それまでは、存分に愉しむつもりだった。冬真の瞳に冷酷な色が浮かんだ。