女子生徒もとい瑠奈は、はっと息をのんだ。
「何で、あたしの名前……」
知り合いではないはずだ。彼には見覚えがない。
見たところ星ヶ丘高校の生徒のようだけれど、そこに知り合いはいない。
「魔術師のおまえなら何となく察しがつくんじゃねぇか?」
心臓が焦りと緊張で大きく鳴った。
なぜ、魔術師であることがバレているのだろう。
名前を知っていることといい、確実にただ者ではない。
「じゃあ明日な。来なければ、おまえが石化魔法と“物体複製魔法”を使う魔術師だってほかの魔術師どもにバラす」
「!?」
瑠奈は瞬きも呼吸もすっかり忘れ、ただただ圧倒されていた。
いすくまるように硬直してしまう。
何もかもお見通しのようだ。
きびすを返してすたすたと歩き去っていく大雅の背を見つめる瞳が揺れた。
敵かどうかは分からないが、少なくとも脅威ではある。
いま、攻撃を仕掛けようか……? それとも明日、奇襲をかけようか。
そんなことを考えていると、その思考を汲み取ったかのように大雅が振り返った。
「ばかなこと考えんなよ。無駄だから」
たったそれだけで、瑠奈の戦意を喪失させるには十分だった。
(無理……。怖すぎでしょ)
琴音といい、いまの見知らぬ男子といい、なんて強力なのだろう。
果たして、自分はこの中で生き残ることができるだろうか。
明日は最低限、殺されないように気をつけないと。
そう心に決め、逃げるように駆け出した。
一方の大雅は屋上へ戻り、たったいま知り得た情報を共有する。
「名前は胡桃沢瑠奈。名花高校2年B組。異能は石化と物体複製。物体複製の方は殺して奪ったみてぇだ。その相手の情報は端折るぞ」
「ああ。聞く限り、実戦に向いていそうだな」
律は腕を組みつつ頷いた。
「明日の放課後、駅前のファミレスに呼び出したからな」
「なぜそんなところに……」
「そこなら人も多いし、向こうも多少警戒緩めて来るだろ」
「まあ、一理あるな」
両手をポケットに突っ込み、大雅はドアの方へ足を向ける。
「……んじゃ、俺帰るわ。また明日な」
歩いていく彼を屋上から見下ろし、ひと息つく。
「桐生はまだ気づいてないみたいだな。このままあいつと目を合わせないようにしていれば、バレることはないか」
冬真はその言葉を聞きながら、ただ穏やかな表情で夜空を見上げていた。
「一応、バレても俺がまた何とかするが」
律は続け、冬真に向き直る。
「しかし、如月……。おまえもなかなかにゲスでクズだな。散々あいつを利用しておいて、いまになって殺そうとは」
その言い様に特に気を悪くした様子もなく、夜風を感じるように悠然と目を閉じた。
結局は大雅も駒のひとつに過ぎないのだ。
異能の強力さ、利便性を差し引いても、大雅個人が冬真にとっては扱いづらい。
けれど、だからこそ自分の力でねじ伏せたいとも強く思う。
殺したいが、殺したくない。
それでも、そう遠くないうちに殺す羽目になるのだろう。
それまでは、存分に愉しむつもりだった。
冬真の瞳に冷酷な色が浮かんだ。



