「逃げる? そんな選択肢、俺にはないね」
「じゃあ遠慮なく殺らせてもらうぞ。後悔すんなよ」
「ごちゃごちゃ言ってないでさっさとかかってこいよ」
彼が手をかざすと、先ほどのように地面を浸す水が渦を巻いた。
蓮はすぐさま振り向き、小春の手を掴む。
「逃げるぞ」
「え……!?」
困惑する彼女を連れて駆け出す。
実のところ、逃げたいのは蓮の方だった。
相手は恐らく水魔法の使い手────火炎魔法を使う蓮とは相性が最悪だ。言わば天敵である。
けれど、すぐに足を止める羽目になった。
目の前に氷の壁が立ちはだかったのだ。
「な……っ」
「氷!?」
これは奏汰の持つ異能のはずだ。
水魔法と氷魔法が区別されている以上、前者の応用というわけでもないだろう。
「まさか、奏汰くんが────」
「さっきのいまでやられたって言うのかよ!」
ありえない。信じられない。
半ば言い聞かせるようにそう思いつつ、蓮はかざした手から炎の塊を放った。
しゅう、と氷の壁が融解して飛沫が舞う。
きらきらと光の粒が散るようだった。
「うわ、火じゃん! すげぇ、俺も欲しい」
目を輝かせた彼は再び手に水をまとわせた。火炎に対して氷は天敵だと悟ったのだろう。
彼の放った水の塊は、小春目がけて飛んできた。
「小春!」
蓮は思わず撃ち落とすべく炎を放つが、当然ながら水には勝てない。
すぐにかき消されて煙と化した。
とっさのことに避けきれなかった小春に、飛んできた水が蛇のように絡みついた。
液体のはずなのに、空中でしっかりと形を保っている。
鼻と口を覆うように巻きついてきた。
(苦しい……!)
水中にいるも同じだった。息ができない。
剥がそうともがいても、水を掴むことは叶わない。
「おまえは何の異能持ってんだ? 死にたくないなら俺に見せてよ」
挑発するように彼は小首を傾げた。
このまま何もしなければ溺死してしまう。
それが嫌なら異能で応戦しろ、ということだ。
けれど、小春にそれは無理だ。異能を持っていないのだから。
「ふざけんな! 関係ない奴巻き込んでんじゃねぇよ。あいつは魔術師じゃねぇ。殺したらおまえ、ペナルティだぞ!」
「嘘だな、あいつも魔術師だ。俺にはにおうぜ」
彼はあっさりとでまかせを見破った。
追い詰められた蓮は焦りながら、案ずるように小春を振り返る。まずい。
「だとしても、おまえの相手は俺だ。卑怯な真似すんな!」
彼目がけて放った炎塊は、不意をつく形で彼の頬を掠めた。
「うわ、熱ちっ」



