17時を回った頃、4人は奏汰の家をあとにした。
「じゃあ、わたしこっちだから。また週明けにね」
帰路にさしかかると、琴音は長いポニーテールを翻しつつ歩いていった。
少し先の曲がり角で慧も足を止める。
「……僕もここで」
────ふたりになると、普段とちがう道でもいつも通りの空気感が戻ってくる。
小春は不思議な感覚を覚えていた。
自分のほかにも、この奇妙な状況に置かれている人は少なくないと知り、むしろ以前のような日常の方に違和感を感じる。
ゲームはいつから始まっていたのだろう。
異能なんていつから存在していたのだろう。
蓮が密かに守り続けてくれていたように、小春が知らなかっただけで、日常はとっくに崩壊していたのかもしれない。
間違い探しをしているような気分だ。
「結局……瑠奈はどうなるのかな」
あくまで小春たちとは敵対するつもりかもしれないけれど、たったひとりの瑠奈はどうあがいても何もできないだろう。
それこそが琴音の狙いなのだろうが。
「どうだろうな。……ともかく小春、おまえも気をつけろよ。俺や琴音たちから離れるな」
昨日のように“餌”として使われる可能性は低くない。
異能を持っていなくても、小春にはそういう利用価値があるのだ。
頷こうとしたそのとき、ふいにぴちゃんと水溜まりを踏んだ。
……おかしい。雨なんて降っていないのに。
「なに……? この水」
地面に目を落とすと、じわじわとアスファルトの色が濃くなっていくのが分かった。
不自然に水が湧いている。
警戒を深めた小春たちは足を止めた。
「……嫌な予感しかしねぇな」
蓮がそう言ったとき、足元の水溜まりが渦を巻き始めた。
描かれる円がみるみる加速していき、はっと息をのむ。
「下がれ!」
小春はほとんど反射的にその言葉に従っていた。
直後、ゴォオッと大きな音を立て、目の前で水柱が突き上がる。
その勢いと風に気圧され、思わず呆然としてしまった。
「あー、くっそ! 避けたか」
背後から聞こえてきた声に振り返った蓮は、とっさに身構えた。
そこにいたのは、星ヶ丘高校の制服をまとう小柄な男子だった。
あどけない顔立ちも相まって、それを着ていなければ中学生くらいに見える。
「……とんでもねぇ奴だな。こんな住宅街で仕掛けてくるなんて」
「俺は魔術師だってことを隠すつもりないからな! なぜなら、誰にも負けないから」
彼は八重歯を覗かせ、強気な笑みをたたえた。
小春を背に庇いつつ蓮は同じ調子で返す。
「そうかよ……じゃあ俺が負かしてやる。逃げるならいまだぞ」



