他愛もないことを夜通し話していた────つもりだった。

 明け方、小春と蓮は眠りに落ちていた。

 向かい合うような形で布団の上に横たわっている。

 ただでさえ濃い一日だった。致し方ない。

「!」

 はっと目覚めた蓮は、目の前で眠る小春を認めた。

 白んだ朝の柔らかい光が肌に影を落とし、その存在感を際立たせている。
 夢じゃない。彼女はちゃんとここにいる。

 その事実を噛み締めつつも目を伏せた。
 
「…………」

 リセットされた。また、ゼロからだ。

 思わず切なげな表情で笑う。もう昨日の小春はいない。

 そっと手を伸ばし、頬にかかった髪を流してやる。

 そのとき、傍らに置いていた蓮のスマホが震えた。奏汰からのメッセージだった。

【どうなった?】

 昨夜の時点で、奏汰には紅の家に小春と二人して世話になることを伝えていた。

 小春の記憶のことも兼ね、心配してくれているのだ。

【寝ちまった。起きてるつもりだったのに】

【小春ちゃんも?】

【うん】

「ん……」

 ふと、小春が目を覚ました。

 蓮の存在に気が付くと、驚いたように目を見張る。勢いよく起き上がり、彼を凝視した。

「あー、っと」

 蓮は少し焦った。

 ここで不審者認定でもされたら、今日一日中そういう印象を抱かれ続けることになってしまう。

 信頼を失いたくはない。

「俺は向井蓮だ。お前は水無瀬小春な。俺たちは今ウィザードゲームとかいう、わけ分かんねぇゲームに巻き込まれてて……お前はガチャのせいで記憶を────」

 もともと何かを説明することが苦手であるのに加え、焦りも相俟ってさらに要領を得なくなった。

 器用な至なら、もっと上手く説明していただろう。

 そんなことを思ったとき、小春が口を開いた。

「蓮」

「え? おう……、何だ」

 反射的に返事をしてから、すぐに違和感を覚える。

 記憶をなくした小春は以前“蓮くん”と呼んでいた。だが、今────。

「蓮、無事だったんだね。よかった」

 明らかに、記憶を失っている人物の言葉ではない。

 そして、彼女は何を言っているのだろう。

 困惑する蓮は咄嗟に言葉が出ない。

「でも何でわざわざまた説明してくれたの? ……あ、それより私、実はガチャ回しちゃったの。えっと、何の魔法だっけ……?」

「ちょっと、待て」

 蓮は慌てて彼女を制した。

 分からない。どういうことなのだ。

「何言ってんだ……? 覚えてるのか?」

「覚えて?」

 小春も首を傾げた。

 何からどう聞けばいいのか、蓮も混乱していた。

「俺の名前は?」

「蓮でしょ、向井蓮。どうしちゃったの? 何を────」

「自分の名前は?」

「え、と……水無瀬小春」

 蓮は頭を抱える。冷静さを欠いていた。

(違う、そうじゃなくて)

 こんなことを聞いても意味がない。それは先ほど自分で説明したのだ。

 そのとき、扉がノックされた。紅が顔を覗かせる。

「二人とも────」

「あいつが誰か分かるか?」

 何かを言いかけた紅を指し、蓮は小春に尋ねた。

 小春は彼女を見つめる。何となく状況を察した紅は黙っていた。

「分かんない……」

 ややあって、小春は答える。

 不安気に眉を寄せ、きょろきょろと辺りを見回した。

「ここ、何処なの? 何で私……公園にいた(、、、、、)はずじゃ────」

 戸惑ったような彼女の様子に、蓮たちはさらに戸惑っていた。

 公園とはいったい何の話だろう。少なくとも昨日は公園になどいなかった。

 しかし、そういう覚えがある、ということは、記憶はゼロまではリセットされていないのかもしれない。