「あー、やっぱり霊ちゃんやられちゃったんだ。あのコってばホント、口だけだよな〜」
耳ざとく聞きつけた祈祷師が笑うと、奏汰は警戒を深める。
「ひとまず気をつけて。……あと3秒」
思わず心の内で秒読みすると、果たして祈祷師の硬直が解けた。
ふいに頭を押さえた奏汰の耳から血が垂れて伝う。
「悪ぃ、面倒かけて。あんま無理しないでくれ」
「するよ。……そのために来たんだから」
顔色は悪いものの、その笑みは強気だった。
「ふふ……。何度繰り返せば分かるのかな?」
からん、と下駄が鳴る。
彼は両手を広げて朗らかに言った。
「仲間なんていう厄介な繋がりを持ってるキミたちにはさ、精神攻撃が一番効くんだって。そうやって誰かが命を張るほど、ほかの誰かを追い詰めちゃうの」
「……そんなことない。わたしたちはみんな、自分の意思で戦ってる。誰のどんな結末も、後悔しないって決めた」
「ほぉー、割り切ったって? じゃあ、試してみる?」
不敵に笑った祈祷師の両手には炎が宿っていた。
その腕を交差すると、火花を散らす炎の塊が勢いよく奏汰に迫る。
とっさに氷の壁でバリアを張ると、炎がぶつかって瞬時に溶け去る。
隙を与えないようすぐに氷剣を握り締めた瞬間、それが吸い寄せられるようにして祈祷師の手におさまった。
ふっと飛び上がった彼が蓮に迫る。
「蓮……!」
小春ははっとして指先 から光弾を放った。
その腕や肩を掠めるも、彼の動きは止まらない。
気づけば、奏汰は床を蹴って飛び出していた。
「……っ!」
腹部に走る激痛。
頭が真っ白になる。
「奏汰!!」
「奏汰くん!」
ふら、と脚から力が抜けた。
蓮たちの慌てたような声が、ぼんやりと遠く霞んで聞こえる。
奏汰を貫いた剣が抜かれると、その勢いのまま彼は床に倒れ込む。かは、と血を吐いた。
傷は凍りつき、じわじわと内臓から凍結していく。
祈祷師がその場に放った氷剣は床に落ち、砕けて散った。
煌めく宝石の欠片が降ってくるように見えた。
「おい、奏汰……っ」
慌てて駆け寄った蓮は彼の傍らに屈む。
なおも彼らに狙いを定める祈祷師を見定め、小春はあえて距離を詰めると指先 を構えて光弾を撃ち続けた。
「ばか、おまえ────」
「そこは……ありがとう、でしょ」
奏汰は冗談めかして笑うも、ひどく弱々しかった。
蓮の瞳に涙が滲む。
「助けてくれなんて言ってねぇよ。何でこんなこと……っ」
「俺には、聞こえたけど……?」
自ずと以前のことが蘇った。
突如としてヨルに変貌した瑚太郎に、奏汰が襲撃されたときのことだ。
蓮は危険も顧みず、ひとりで助けに現れた。
「蓮、聞いて……。俺、自分でも驚くほど怖くない。……満足してるから」
結果的に無二の親友を救えたことやこれまでの日々。
自分の選択に、微塵も後悔はない。
「……っ」
「だから……自分を責めたりとか、しないでよ」
かなた、と呟いた声は掠れた。
「もう俺のことはいいから……早く、戻って。小春ちゃんを守るんでしょ? ……もう、彼女を守れるのは、蓮しかいない」
その言葉に、蓮は涙を拭った。
立ち止まってはいられない。
惜しむような視線を残しつつも頷くと、戦線に戻っていく。
ぼやける視界の中で、その背を見送った。
(ありがとう、蓮……。あのとき助けてくれて)
────これで、借りは返せただろうか。



