はっとうららは瞠目する。避けようにも拘束で動けなかった。

 咄嗟に紗夜が動き、うららを庇うように立つ。

 そんなことをしても無駄だ。

 紗夜ともどもうららを────。

「……!?」

 依織は、はたと動きを止める。

 首筋がちくりとした。注射器を構える紗夜と目が合う。

 容器の中身は空になっていた。今の痛みは、注射器の針か。

 そう理解した途端、背筋が冷えた。

 何かを注入された。毒……?

 依織は首を押さえ愕然とする。

 底知れぬ恐怖が這い上がる。

(やばい……)

 紗夜はその場に注射器を捨てた。

 ストックしている注射器は部屋に置いたままにしてきてしまった。

 本当は即効性の猛毒を注入したかったが、“毒性が強くなるほど反動が大きくなる”という特性上、今はこの程度の毒で限界だった。

 遅効性だが、解毒しなければ死に至る。

「動かない方がいいよ……。動けば毒の回りが速くなる。死ぬよ」

「……!」

 依織は焦った。

 紗夜の言葉が事実であれはったりであれ、毒に冒される前に決着をつけなければならない。

 うららのことだけは、何としても殺したい。

「だったら、お前も道連れだ!」

 依織は叫び、再び鉈を振りかぶった。

 紗夜を突き飛ばし、うららに襲いかかる。

「!」

 動けないうららの身体が、鉈で裂かれた。辺りに鮮血が飛び散る。一瞬の出来事なのにスローモーションのようだった。

「うらら……っ」

 地面に手をついていた紗夜は慌てて起き上がり、掠れた声で叫ぶ。

 鉈の斬撃でうららの拘束が解け、彼女は崩れ落ちた。

「この……!」

 紗夜は憎々しげに依織を睨めつけ手を翳す。

 しかし、実際にはもう反動で限界寸前だった。

 立っているのもやっとだったが、悟られないよう虚勢を張る。

 依織は怯み、牽制するように鉈を振り回した。

「はは、は……あはは……っ!」

 復讐を果たした達成感と、毒への恐怖が混在し、狂ったように笑いながら走り去っていく。

 その姿が門の向こうに消えると、紗夜は直ぐ様うららに駆け寄った。

 深過ぎて傷が見つからない。とめどなくあふれる血が止まらない。

 彼女の顔がどんどん色を失っていく。

「ごめんなさい、紗夜……。やられて、しまいましたわ。あなたのことも巻き込んでしまって……」

「いい、いいよもう、喋らないで。すぐ日菜を呼ばなきゃ」

「助からないですわ……、これでは。もう、痛みもない」

 紗夜は喉の奥が苦しくなった。

 息が詰まったのか、言葉が詰まったのか分からない。

 唇を噛み締める。気付けば視界が霞んでいた。
 それを見たうららは力なく笑う。

「何ですの、紗夜……。わたくしが死ぬのが、そんなに悲しいんですの……?」

 いつものようにからかったつもりだったが、彼女の目にも涙が滲んだ。

 意識が遠のいていく。世界の輪郭がぼやける。

「わたくしはここまでですけれど……必ず、目的を果たして。紗夜……生き残って」

「うらら……!」