せっかく刻まれたヒビが、瞬く間に埋まってしまった。
これではいくら光弾を撃ち込んだところで意味がない。
愕然とすると、口から泡が立ち上っていく。
面白がるように祈祷師は笑う。
「ザンネンでしたぁ。あがいたって意味ないよ? 大人しく溺死しちゃいなってー」
そんな声が厚い氷壁越しにくぐもって聞こえる。
身体の芯から刺すような冷たさが襲ってきて、身体から力が抜ける。
じわじわと視界の端から影が侵食してくると、闇に飲まれた。
「……っ」
────息苦しさを覚えた蓮が水面から顔を出すと、天井との隙間は先ほどより狭くなっていた。
肩で息を繰り返す。
まだ何とか呼吸はできる。
「小春……」
その気配がなくて、焦った蓮は再び素早く潜った。
「!」
底の方に沈むその姿を見つける。
反動と酸欠によって気を失ってしまったのだろう。
気が気じゃなかった。
自分の身体にのしかかる苦痛も忘れ、無我夢中で彼女を掴んで引っ張った。
ざば、と水面に顔を出したとき、隙間はもう3センチほどしかなくなっていた。
懸命に小春を持ち上げるも、自分が息をするので精一杯だ。
「く、そ……」
片手で彼女を支えつつ、思いきり氷壁を蹴った。
ずん、と重く揺れるものの、やはり割れる気配はない。
(終わりか……本当に)
蓮は思わず、入らない力を腕に込めた。
「ごめんな、小春」
指先も呼吸も震えたのは、寒さのせいだけではない。
(死んでもおまえだけは守りたかったのに)
せめて、死ぬときは一緒にいよう。
そうすれば、死んだあとも同じところに行けるかもしれない。
どうか、そうであって欲しい。
もう20秒と経たずして、この正面玄関は水没してしまうだろう。
思いきり酸素を吸い込んだ蓮は、小春を抱えたまま水中に潜った。
(頼む。死ぬな……)
その頬に両手を添え、祈るような思いで口づける。
酸素を送り込むと、泡沫が揺れて上っていく。
────そのときだった。
ふいにあたりがオレンジと青の眩い光に包まれる。
「!」
音もなく氷の壁が溶け、雪崩のようにあふれた水に押し流されていく。
蓮は小春を庇うように強く抱き締めた。
勢いに乗ってそのまま廊下を転がると、膝をついて着地する。
驚いたことに、見上げた先には氷剣を握る奏汰の姿があった。
「奏汰……!」
「よかった、間に合って」
その微笑みを見て、強張りがほどけていく。
祈祷師の足元は膝まで凍りついていて、その手には炎が宿っていた。
氷剣を捨てた奏汰はすかさず拳を握り締める。
「く……! 言う通りにしたのに!」
どうやら不意をついて現れた奏汰が、氷壁を溶かすよう彼を脅したようだった。
絶体絶命の危機を救われた。
「……くそ。俺、弱気になってた」
蓮はくしゃりと髪をかき混ぜる。
「マジで助かった。ありがとう、奏汰」
噛み締めるように告げたとき、横たわっていた小春が、けほ、と咳き込んだ。
意識を取り戻し、ふっと目を開ける。
「大丈夫か!?」
「よかった……」
憔悴してはいるものの、命に別状はなさそうだ。
ほっと息をついた蓮が手をかざすと、熱風で水気が飛ぶ。
かじかんだ指先に感覚が戻った。
「……ありがとう、ふたりとも。本当に……」
彼が差し伸べてくれた手を借りて立ち上がると、それぞれ油断なく祈祷師を見やる。
「ひとまず俺は、霊媒師を倒してここにきた。呪術師の方は分かんないけど姿がなかった。瑠奈ちゃんたちも」



