「何のつもりだよ、あいつ……」
気を取り直した蓮は再び手をかざすも、目眩に邪魔されてしまう。
ぐらぐらと視界が揺れ、目が回るようだ。
「く……」
たたらを踏んだ足が水飛沫を跳ねた。
ゴォッと大きな音を響かせながら渦を巻き、みるみる水位が上がっていく。
「うそ……っ」
青ざめた小春は指先 を構え、氷壁に素早く光弾を放つ。
しかし、分厚いガラスのようなそれはびくともせず破れない。
「……っ」
蓮は震える両手をかざすも、極寒に体温を奪われてまともに動くことすらできないでいた。
かじかんだ指先がちぎれそうだ。
体力を削られ、点描画のように霞んだ視界が揺れる。
「このままじゃ沈む。溺れちゃうよ……!」
まるで巨大な水槽だ。
既に手足の感覚はない。
瞬く間に胸のあたりまで達した水をかき分けるようにして進み、氷壁を叩く。
蓮も思いきり殴りつけたが、割れるどころかヒビすら入らなかった。
その向こうでは、祈祷師が心底愉快そうに笑っている。
このまま見殺しにする魂胆だろう。
「おい、出せよ! 狐野郎!」
氷壁を叩く手に血が滲んでも、皮膚がめくれても、もはや痛みすら感じなかった。
寒い。冷たい。痛い。
全身が震えて、歯がかたかたと音を立てる。
はぁ、と息を吹きかけるもまったく体温は上がらない。
「くそ!」
蓮は、ガンッ! と再び氷の壁を殴った。
つ、と凍瘡状態の手から血が流れ、腕を伝い落ちていく。
(どうすれば……)
なす術なく呆然としてしまう中、水位はもう天井に迫ろうとしていた。
上を向いても顔に水が触れる。
あと何センチあるのだろう。
この隙間が埋まれば、本当に終わりだ。
「大丈夫か? 小春……」
「大丈夫……」
ぼんやりと聞こえた蓮に頷く。
そう答えるほかになかった。
「悪ぃ、俺……何か力入んなくて。目眩のせいで能力も使えねぇ。くそ、こんなときに……」
「蓮こそ大丈夫なの……?」
「心配、すんな。……大丈夫だって」
力ない笑いが返ってくるも、水の音が混じった。
もう耳まで浸かってしまっている。
このまま待っていれば、誰かが助けに来てくれるだろうか。
無理だ。その前に沈んでしまう。
────溺れ死ぬ。
ぞく、と背筋が冷えた。
凍てつくような寒さからか、間近に迫る死への恐怖からか。
「でも、よかった。……最後まで一緒にいられて」
蓮が言う。
諦めたように、あるいは受け入れたように。
(最後……?)
最後に、していいの?
諦めていいの?
寒さも冷たさも痛みも怖さも、いつかそのうち消える。
でも、死んだらそこで終わりだ。
命はひとつしかない。
「…………」
小春は白い息を吐き出した。
懸命に自分を奮い立たせる。
深く息を吸うと、水の中に潜った。
「小春……!?」
慌てた蓮も気づけばあとを追っていた。
────氷壁の前で、再び指を構える。
その向こうでは変わらず祈祷師が嘲笑っていた。
先ほどの光弾で欠けたところに狙いを定め、決死の覚悟で連射した。
「……っ」
締めつけられるような頭痛がする。
反動か、酸欠かも分からない。
やはり破るには至らないものの、欠けたところからわずかにヒビが入って亀裂が走った。
この分なら削り通せるかもしれない。
いや、もうそう信じて撃ち込むしかない。
そのときだった。
悠然と歩み寄ってきた祈祷師が氷壁に触れる。
「!」



