程なくして、河川敷に紗夜が現れた。

 蒼白な顔に返り血を浴び、肩を震わせている。

 その手にはカッターナイフが握られていた。

(切りたい、切りたい……)

 呼吸が乱れ、冷や汗が滲む。
 周囲の音が遠のき、指先が体温を失っていく。

 不意にカッターナイフを持ち上げたその手を、咄嗟に小春が掴んだ。

 その姿を見た紗夜はわずかに瞠目する。

「無事だったの……?」

 こく、と頷いて答えた。

「それについては後で記憶を転送してやるよ。小春、いいよな?」

「……うん、お願い」

 それを耳に、紗夜は薬を取り出した。じゃらじゃら、と錠剤を口に入れ流し込む。

 少しばかり冷静さを取り戻した。

「何があったの……?」

 沈痛な面持ちで奏汰が尋ねる。

 ややあって、紗夜は答えた。

「うららは……結城依織に殺された」



*



 ────うららと紗夜は、百合園家に集っていた。

 ルールノートを作ったときのように、これまでに判明している事実をまとめていく。

 運営側の面々など、これまではベールの中に包まれていたことまで書き記すことが出来た。

「かなり情報が揃って来ましたわね。雲を掴むようだったけれど、何だか敵の実体を捉えられた気がしますわ」

「そうね……」

 朗々と言ううららに同調したとき、ふと表が騒がしくなった。

 何事だろう。

 顔を見合わせた二人が庭へ出てみると、門衛たちが蔦で縛られた(、、、、、、)上、鉈で斬られて死んでいた。

 蔦は明らかに何者かの魔法だ。

「どうなってるの……?」

 二人して戸惑う。

 植物を操る魔法だろうか。そんな知り合いはいない。

 しかし────。

 この有り様、この家に魔術師がいることをあらかじめ知っている襲撃の仕方だ。

「お邪魔ー」

 聞き覚えのある声だった。二人は振り返る。

 悠々と門から入ってきたのは依織だった。咄嗟に身構える。

「……現れましたわね、結城依織。魔法を奪われたことを逆恨みするなんてお門違いもいいところですわ。命あるだけでも感謝なさいよ」

「はぁ? このゲームで魔法を奪われるってのは死んだも同然だよ。これ以上の代償なんてごめんだが、魔法を失ったせいでお前から取り返すことも出来ない!」

 ぎゅう、と依織は拳を握り締めた。

 根深い怨恨の宿る眼差しをうららに向ける。

「わたくしを恨んでいるなら、わたくしだけを狙いなさい! 関係のない方々を巻き込むなんて汚いですわ」

 大雅然り、門衛然り、だ。

 依織は鼻で笑う。

「しょうがないだろ。うちは魔法をなくしたんだ。正攻法で正面から突っ込んでも勝てるわけがない」

「……ああ、思い出しましたわ。もともとあなたは、そういう小狡い手法で殺しまくってた魔術師でしたわね。今さら義を説いても仕方ないですわ」

 うららはとことん辛辣な態度を取った。依織にかける情けなどない。

 強気な表情で腕を組む。

「何処から来ようが一緒よ。わたくしと紗夜が叩き潰してあげますわ」

「はぁ……。何で私が尻拭いを手伝う羽目に」

「し、尻? はしたないですわよ!」

 ────正直、紗夜もうららも彼女を甘く見ていた。完全に油断していた。

 何しろ依織は無魔法の魔術師だ。どう考えたって勝ち目はない。

 それなのに────。