ウィザードゲーム〜異能バトルロワイヤル〜


 青ざめたまま懇願(こんがん)すると、彼女は神妙な表情になった。

「向井くん……。これが、わたしの最後の仕事です。水無瀬さんを治したら……わたしはお役御免です」

 蓮の表情が強張った。
 その意味を理解して、刹那(せつな)、呼吸が止まる。

『あーあ。キミ、結構“ガタ”が来ちゃってるみたいだね』

 祈祷師の言葉を思い出した。

 それに加えて、この空間────異能の反動が肥大化(ひだいか)する、自分たちにとって不利極まりない空間。

 劣化と甚大(じんだい)な反動に、もう身体が耐えられないということだ。

 もちろん、小春のことは助けて欲しい。
 けれど、それを口にすれば、つまり日菜に“死ね”と言っているも同然だ。

 蓮は唇を噛み締めた。

「日菜、ちゃん……。わたしなら、大丈夫だから……」

「ばか言え! 無理に喋るな、じっとしてろ」

 小春の意識は朦朧(もうろう)としていた。のんびりしている暇はない。

 日菜は澄みきった表情で、小春に手をかざす。

「言いましたよね、わたしはためらいません。みなさんの力になりたくて来たんですから。ただ、ひとつだけ……お願いします」

 意識して深く息をする。

「どうか、もう怪我はしないでください。無事でいてください……!」

 蓮は黙ったまま、強く頷く。

 そのとき、ふと背後の熱気が消えた。
 素早く振り返った蓮は立ち上がった。

「日菜、頼む!」

 それが何を意味するか、しっかりと理解して噛み締めながら、それでも言った。

 祈祷師と対峙すると、彼のてのひらからうねった水が放たれる。

 蛇のように迫りくるそれを、強い風で跳ね返した。

 炎の宿る指先(銃口) を構え、炎弾を連射して撃ち込む。

 その隙に振り返ると、力なく座り込む小春と血まみれで横たわる日菜が目に飛び込んできた。
 命と引き換えに救ってくれたのだ────。

「守れなかった。また……」

 悔しげに涙を流す彼女の腕を、ぐい、と引っ張り上げる。

「……俺はおまえに守られたぞ」

「……っ」

「日菜はおまえを守ったんだ。気持ちは同じだったはずだろ。悔いるな。おまえがあいつだったら、おまえに何をして欲しいと思う……!?」

 唇を噛み締めた小春は涙を拭う。

 死を(いた)みこそすれ、少なくともその決断を悔やんだりはして欲しくないはずだ。

 日菜がそうしたように、小春には小春の役目がある。

 それを果たすことだけが、失った仲間たちへの、そしてともに戦う仲間たちへの報いだ。

「……ごめん。もう、立ち止まらない」

 そのとき、ぱきぱきと硬い音がして身の縮むような冷気が漂ってきた。

 屈んだ祈祷師が床についたてのひらから、みるみる氷が張られてあたりが凍っていく。

「はぁ……。小賢(こざか)しいなー」

 かなり余裕がなさそうだった。
 炎弾を受けた肩の傷は癒えていない。

 いつもの笑みはなく、口元だけでも冷酷な表情をしていると分かる。

 氷が足に届く前に小春は蓮に触れ、ふっと宙に浮かんだ。

 昇降口の床を覆い尽くした氷は、壁を這って天井をも飲み込んだ。
 靴箱も傘立てもすべてが氷漬けになる。

「消しちゃうね、邪魔だから」

 一瞬の閃光(せんこう)のあと、日菜の遺体が消え去った。
 小春たちは息をのむ。

 これまで漠然(ばくぜん)と“魔術師の死体は天界に還る”と思っていたけれど、ここが天界だとしたらどこへ行ったのだろう。

 本当に忽然(こつぜん)と消えたとでも言うのだろうか。

 ────完全に氷に覆われた空間を、白い煙がたなびく。

 凍てつくほど寒くて、吐く息も(しら)んだ。

「蓮……」

「ああ」

 一気に溶かしてしまおうと両手をかざしたとき、この昇降口に通ずる唯一の道である廊下が氷の壁によって塞がれる。

 閉じ込められた。

 氷壁を隔てた向こう側に佇む祈祷師は、いっそう笑みを深める。