とっさに頬を押さえた呪術師は、うっとうしそうにため息をついた。
ただれた皮膚を撫でると、一瞬で元通りになる。
「え……!?」
思わぬ事態に目を見張った。
一方で余裕を取り戻した呪術師はせせら笑う。
「形勢逆転、だなんて思ったかい? 幸せなこった」
さっと振った手には氷剣が握られていた。
紗夜目がけて素早く振り下ろされ、それを見定めた瑠奈はとっさに彼女の腕を引く。
「!」
しかし、避けきれなかった。
ザンッ、と凍った鋭い刃に断ち切られ、あえなく紗夜の右腕が落ちる。
「う、ぅああっ!」
悲鳴を上げ、がくんと崩れ落ちる。
切り落とされた手が転がって、力なく注射器を手放した。
「紗夜ちゃん!!」
蒼白の瑠奈は金切り声で叫ぶ。
「……っ!」
痛い。冷たい。
そんな言葉では言い表せない、芯から刺すような激痛に紗夜は悶えた。
「どうしよう……! 大丈夫!? 腕、どうしたら……っ」
取り乱しながら慌てて駆け寄った。
気が狂いそうな痛みに悶絶していた紗夜は、かろうじて頷く。
「平、気……」
斬られた切断面は凍結していた。
お陰で感覚が麻痺して痛みが遠のいていく。
「……ふふ」
呪術師は氷剣から滴る血を舐めとった。
「解毒完了、ね」
紗夜は全身を震わせながら、ゆっくりと起き上がる。
荒い呼吸を繰り返し、油断なく彼女を見やった。
残りの注射器は3本だ。
毒の強度はどれも、触れるだけで命の保証はない猛毒。
チャンスはあと3回。
失敗したら、この場で命と引き換えに新たな猛毒を作り出して注入するしかない。
そして、呪術師を道連れにする。
「……やろう、紗夜ちゃん。あたしがもう一度石化する」
「うん……」
青い顔のままステッキを構えた瑠奈は、しかしそのまま目眩を覚えてたたらを踏む。
「瑠奈……?」
「ごめ、ん。何か……頭痛くて、力が……」
コツ、とヒールの足音が響く。
呪術師は扇子で口元を覆った。
「おやおや、反動かしらね」
それにしてはおかしい。
この程度、反動を受けるほどじゃないはずなのに。
「しっかりして……。こんなとこで死なないで」
「必死だこと。目の前で仲間を失うのは耐えられないよねぇ。“あの子”を思い出すから」
紗夜の睫毛が揺れる。
守れたはずだった。
自分のせいで、うららは死んだ。
「……っ」
そのとき、ふいに呪術師の左腕が石化した。
間髪入れず石弾が撃ち込まれ、跡形もなく砕け散る。
「な」
「立ち止まっちゃだめだよ……うららちゃんのためにも。振り返ることなんて、あとからいくらでもできる」
そんな瑠奈の言葉に、いつの間にか滲んでいた涙を拭う。
まんまと呪術師の口車に乗せられた。
「そうだね……。ごめ────」
顔を上げて、飛び込んできた光景に絶句した。
目の前で瑠奈の身体が貫かれていたのだ。
呪術師の“左腕”に。
「……っ」
かは、と彼女は大量に血を吐く。
ずるりと腕が抜かれると、その勢いのままうつ伏せに崩れ落ちた。
床にみるみる血溜まりが広がって、その瞳が光を失っていく。
「瑠奈……? 瑠奈……!!」
そう叫んだ声は掠れていた。
突然の、そして一瞬の出来事だった。
「さて、残されたあんたはどうする?」
信じられない思いで血まみれの左腕を凝視した。
毒だけでなく、怪我まで一瞬で治ってしまうようだ。
(そんなの────)
無敵ではないか。
ひとりでどうしろと言うのだろう。



