小春は驚いたものの、振りほどきはしなかった。
思わず蓮は手に力を込める。
不安になるのだ。
彼女が一度消えて以来、こうして捕まえていないと、またいなくなってしまいそうで。
あるいは触れて確かめないと、幻かもしれないから。
「大丈夫だよ、わたしはどこにも行かない」
顔に出やすい彼の考えていることは、小春にも分かった。
微笑んでそう言ってからふと俯く。
「わたしがこんなこと言ったら怒るかな……」
「……何だ?」
顔を上げると、首を傾げる彼を見据えた。
「蓮もどこにも行かないで。抜け落ちるわたしの記憶は、蓮に教えて欲しい。……これからもずっと」
明日が過ぎたあと、記憶がどうなるのかは分からない。
それでも、もしも忘れるようなことがあるのなら、それは蓮に埋めて欲しかった。
わずかに目を見張った蓮は、気がつくと小春を抱き締めていた。
「当たり前だろ。おまえ放ってどっか行くかよ。覚えてねぇなら何度でも言ってやるよ。俺はおまえを独りにしねぇ。ずっとそばにいる」
ふいに泣きそうになる。
終末の予感に、随分と感傷的になっているのかもしれない。
もしくは、蓮の不器用な優しさに安心しているのかもしれなかった。
「……ありがとう」
両手の先が震えていた。
怖い。
自分が死ぬことより、大切な誰かを失うことが何よりも怖くてたまらない。
死んで欲しくない。
蓮にも、もう誰にも。
ずっとこの時間が続けばいい、と思う。
(でも、早く終わらせなきゃ)
これは、かりそめの平穏だ。
日常を取り戻してこそ、本当の意味で安穏も戻る。
12月4日にすべてを失うことがないように、この非日常を戦い抜くと決めた。
────ややあって、どちらからともなく離れる。
空の色が濃くなって、だんだん光が押し潰されていく。
「おーい、ふたりとも! アイス食べる?」
その声に振り返ると、駆け寄ってきた瑠奈は楽しげににやにやしていた。
「溶けちゃったけどね」
どこからかは分からないけれど、陰から見ていたのだろう。
涼しい顔をしているものの、奏汰にも見られていたはずだ。
思わず赤くなった。
前に瑠奈にからかわれたときは何ともなかったのに、どうしていまはこうも頬が熱いのだろう。
「こんな寒ぃのに何でアイスなんだよ」
「えー? だって何か熱くって!」
照れ隠しに言った蓮を、さらに笑みを深めた瑠奈が冷やかすと奏汰は笑った。
蓮は何だか怒っていたけれど、小春もつい笑ってしまう。
暗闇に負けじと光が射して、夕暮れに影が伸びていた。
◇
言いようのない違和感を胸に、冬真は逢魔が時の星ヶ丘高校にいた。
屋上のふちに腰かけたまま足を投げ出す。
ふと冷たい風が吹きつけて、ずきんと頭に痛みが走った。
まるで誰かに押さえつけられているようだ。
頭の中で、残像のように映像がちらつく。
(夜中……ここに誰かといた。誰だ……?)
ノイズが走ってよく見えないけれど、確かにここにいた覚えがある。
何気なく旧校舎の方に目をやったとき、痛みが増した。
ずきずきと芯から響くような頭痛がして、支えるように額に手を添える。
「……っ」



