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「もう虫の息かな? 眠りの王子サマは」

 挑発するように、地面に転がる死体が喋った。

 星ヶ丘高校の制服を身につけたその男子生徒は、死してなお冬真に傀儡にされていた。

「如月、冬真……」

 彼と同じように地面に横たわっている至は、普段の余裕を失い、憎々しげに彼を睨む。

 辛うじて口元に笑みを浮かべたが、最早虚勢もいいところだった。

 深手を負い流血しており、彼の周囲には血の海が広がっている。かなり荒い呼吸だった。

「至くん……」

 一方の小春は蔦に縛られ拘束されていた。

 これでは魔法も使えない。

 大雅とやらにテレパシーを送ることも出来ない。

「もう、やめて。お願い」

 冬真に懇願しつつ、動けない至を庇うように屈む。

「何でこんなことするの? 何でここが分かったの……? アリスちゃんは……」

「あたしはここー」

 いかにも場にそぐわない、暢気なアリスの声がした。

 その直後、ぽんっと通常サイズに戻ったアリスが現れる。

 見たところ傷はなく、小春は安堵する。

「無事だったんだ。よかった……」

「水無瀬小春。あんた、記憶なくしても相変わらずお花畑やなぁ」

 アリスは嘲るように笑いながら毒づいた。

「何で如月にここがバレたか。あんたらの居場所がバレたか。何でやと思う? 脳内に咲いてる満開のお花抜いてみたら分かるんちゃう?」

 そこまで言われれば、嫌でも悟る。アリスの思惑や本当の顔。

 小春は瞠目し、息をのんだ。

「まさか……」

「そう、ぜーんぶあたしの仕業」

 アリスはあくどい笑みを湛え、面白がってそう明かした。

「何で……?」

「あたし既に一回、向井たちの側から離脱してあんたや八雲の側に寝返ってんねんで? あたしのその利己主義な本性、あんたにはバレてると思ってたけど何ら疑わへんかったなぁ。……あ、覚えてへんのか」

 高笑いでもするかのように笑う。

 それから、すっと目を細め、至を見下ろした。

「その点、八雲は警戒心強かったな。眠らされたときは詰んだと思ったわ。でも、今はこのザマ。どんまい」

 煽るようで嘲るようなアリスの言葉にも、至が感情的になることは決してなかった。

 まともに相手にしてはいられない。

 だが、立場が逆転していることは紛れもない事実だった。

「…………」

 ただただ微弱な呼吸を繰り返した。

 もう、動けない。魔法を繰り出す余力もない。

 自分のものではないかのごとく手足に力が入らない。

 肺は潰れて破れてしまったかのようで、息をするのが苦しい。

 呼吸と拍動に合わせ、痛みの波が押し寄せる。

 どくどくと胸の辺りに空いた穴から血があふれていくのが分かった。
 地面に流れたそれが背中に染みる。

(やばいなぁ……)

 視界が霞み、音が遠のき始める。

 うまく働かない頭で考えていた。

 冬真は傀儡魔法の持ち主だと聞いていたのに、これは何なのだろう。
 この────植物(、、)は。

 完全に不意を突かれた。避けきれなかった。

 小春もああして囚われた今、戦闘不能である。

 蓮たちに助けを求めることも出来ない。

 小春が縛られる前に誰かと話していたが、誰かが助けに来てくれるとしても、恐らく間に合わない。もう手遅れだ。

 至は今にも飛びそうな意識を、必死で保ち続けていた。痛みを気力でねじ伏せる。

 まだ、死ぬわけにはいかない。もう少しだけ耐えなくては。