「……嫌だ、絶対に」
それが正しいなんてとても思えない。
そんな判断が許されていいはずがない。
それでこの問題に終止符を打つようなことになれば、すべてを瑚太郎のせいにして終わるのと同じだ。
(大雅くん!)
「もういい、黙ってろ。俺はやらねぇからな!」
抗議するような言葉を聞きながらも、大雅は彼を放した。
それきり瑚太郎の声は聞こえなくなる。
荒い呼吸を繰り返しながらたたらを踏んだ。
割れるような頭痛がして頭を抱える。
心臓が脈打つのに合わせて、痛みが波動のように広がる。
息が苦しい。肺を捻られているようだ。
深い傷を負ったせいで弱り、反動が大きく現れたのかもしれない。
「う……っ」
けれど、ヨルを封じるにはこのままでいなければ。
ずっとは無理だけれど、少なくともいまは────。
かぶりを振って気を持ち直す。
(律……)
大雅は傷を押さえつつ、顳顬に指を添える。
おぼつかない足取りで高架下を目指した。
◇
「どこが僕の負けなの?」
冬真はせせら笑う。
拘束された律は抗う術もなく、いとも簡単に絶対服従状態になった。
見かけ倒しにもほどがある。
「抵抗するなよ。大雅にテレパシー送るのも禁止」
そう命じた上で冬真が指を鳴らすと、はらりと蔦が切れて落ちた。
「きみたちの仲間たちはどこにいるの?」
「さあな。そんなこと俺に聞かれても知らない」
意外なことに、服従させられても律の態度は変わらなかった。
まさか、これも作戦のうちとでも言うのだろうか。
「じゃあ別のことを聞こう。時間停止の魔術師、彼女の名前は?」
「……藤堂紅。そんなことを聞いてどうする」
どうやら、術そのものにはしっかりとかかっているようだ。
「滑稽だな。強気に勝利宣言した割には、何の打開策もなさそうだけど?」
「…………」
「残念だけどそろそろお別れだ。いままで楽しかったよ。それじゃ……その橋から飛び降りて死ね」
無情にも最後の命令が下され、律の足が意思とは関係なく橋に向かっていく。
冬真の唇が弧を描いた、そのときだった。
ふいに、ぴたりと律の足が止まる。
「……!」
────彼らがここへ現れる前に、大雅と交わした会話が蘇る。
『仮に拘束されても、絶対服従にかかれば解放されるはずだ。だが、だからといって、やるべきことを果たす前に“死ね”などと命令されたらまずい』
『そうだな』
『だから数分おきに俺にテレパシーを送って欲しい。すぐに応答しなければ絶対服従を解いてくれ』
くるりと唐突にきびすを返した律は、そのまま駆け出した。
素早く冬真に手を伸ばす。
「!」
突然のことに戸惑ったものの、とっさにあとずさると身を反らして避けた。
さっと振った右手に杖のような樹枝を握り、翻して逆手に持ち直す。
錐状に尖った先端を律目がけて振り下ろした。
「……っ」
胸のあたりに突き刺さるも、硬い手応えに阻まれる。
押し込むのを諦めて抜くと、衝撃と激痛に怯んだ律がよろめいてうなだれた。
その隙に両手で構え直した樹枝を、振り抜いて殴りつける。
その勢いで無防備になった背中に、再び鋭い先端を突き立てた。
「う……」



