「!」
さっとかざされた冬真のてのひらから、ふいに蔦が伸びてきた。
しなったそれが縄のように絡みついて律を捕らえる。
「……おい」
「優しい優しいきみは、自分が苦しむより仲間が苦しむ方が辛いでしょ?」
その言葉に表情を険しくした大雅を見やった律は、至極冷静に口を開く。
「平気だ、桐生。俺に構う必要はない。やるべきことをやれ」
「…………分かった」
固く口を結んだ大雅は、きびすを返して駆け出した。
唐突な行動に冬真は面食らう。
「えっ、逃げるの? 大雅らしくない選択だな。……それとも、よっぽど僕が怖い?」
ヨルは鋭く大雅を目で追い、同じく地を蹴って走り出す。
「あいつはオレが殺るぞ」
「ああ、好きにしていいよ」
律という情報源を確保した以上、冬真としても別に大雅はどうでもいい。
できれば憎らしくもかわいい元手下をこの手で殺したかったけれど、この際構わない。
「見捨てられちゃったね、律。おかえり、僕のもとへ」
「……嬉しそうだな。俺たちのてのひらの上にいるとも知らず」
律は口角を上げる。
「なに……?」
「皮肉なものだよな。操り人形の糸を引く立場にあるおまえが、今度は人形そのものになるんだから」
言っている意味が分からず、困惑した冬真は怯んだ。
「おまえの負けだ」
◇
大雅は足を止めた。
ここまで来れば、律からは十分に距離を取ることができたはずだ。
「鬼ごっこはおしまいか?」
思惑通り、追ってきたヨルが嘲笑しながら言う。
ゆるりと振り向いた。
「……瑚太郎、おまえ何やってんだよ」
その名前を出すと、彼の顔から笑みが消えた。
「あ?」
「まだ朝だぞ。何こいつに身体明け渡してんだよ」
ヨルの苛立ちがくすぶる。
(……どいつもこいつも、何も分かっちゃいない)
「聞こえてんだろ? おまえに言ってんだよ、瑚太郎」
そう言った瞬間、飛んできた何かが頬を掠めた。ヨルの放った水弾だ。
熱い、と感じると同時に血が滲む。
「……ばかが。死にてぇのか」
「黙ってろよ。俺は瑚太郎と話してんだ」
「黙るのはてめぇだ。あいつはもういねぇんだよ」
「適当なこと言ってんじゃねぇ。瑚太郎を返せよ」
ヨルに押さえ込まれているであろう彼に届くことを願った。
けれど、変わらなかった。
何度呼びかけても、瑚太郎は現れない。
「よし、決めた。てめぇのその口塞いでやるよ」
手をかざすと、水の塊が浮かび上がる。
空中でも形を保ったまま、一直線に大雅のもとへ迫ってきた。
蛇のようにうねりながら追尾してくる。
捕まれば溺れ死ぬ。
その危機感に突き動かされるように、きびすを返して疾走した。
「目障りだからとっとと消えろよ」
ヨルは銃のように構えた人差し指の先を大雅に向ける。
機関銃さながらに水弾を撃ち込むと、そのうちの一発が彼の横腹に命中した。
その身体能力をもってしても、しつこい水に追われながらではさすがに避けきれなかったようだ。
「く……っ」



