冬真はひっそりと笑む。

 大雅に自殺する気はさらさらない。
 また、理屈は不明だがやはり鏡が記憶を取り戻す鍵となっていたようだ。

 それが判明したのは大きい。

「じゃあ、早く律を解放してくれ。俺たちもう行くから」

「うん。でも、その前に一つだけやることがあるんだ」

 冬真は律を操作し、校外へと歩かせた。フェンスを潜り、道路に出る。

 やることとは何なのだろう。何をする気なのだろう。大雅は訝しみながら律を追った。

 律は車道の縁に立つと足を止めた。……嫌な予感がする。

 大雅は後ろにいる冬真を振り返った。

「おい、どういうつもりだよ。お前、まさか“考え”って────」

「そうだよ。これが、僕が魔法で魔術師を殺す方法。……そして、大雅!」

 悠々と歩み寄った冬真は、大雅の首を乱暴に掴んだ。

 やっと隙が生まれた。予想外の出来事に晒された人間も、感情的になった相手と同じくらい隙だらけだ。

「く……」

 大雅は苦しみに顔を歪める。それを見た冬真は興がるように口端を持ち上げた。

「君もすぐに同じ目に遭わせてあげる」

 大雅は霞む視界で必死に冬真を睨みつける。

 少しも諦めてなどいなかったわけだ。
 やはり冬真の性根はどこまでいっても変わらない────。

 車の走行音が聞こえ始めた。

 これでは律の動向が見えない。どうなったのだろう。
 自分も再び絶対服従を強いられるのだろうか。

(鏡……)

 殺られるくらいならその前に自ら命を絶つ。
 大雅はポケットに手を突っ込んだ。

 視界の端で、律が一歩踏み出す。勢いよく走ってきたトラックの前へと。

「五、四、三……」

 大雅を絶対服従させるまでの秒読みか、律が轢かれるまでの秒読みか、どちらなのか分からなかった。

 いずれにしても、冬真が利するまでのカウントダウンでしかない。

「二────」



 その瞬間、時が止まった。世界のすべてが停止した。
 二つの人影が現れる。

「危ないところだったぁ……。ギリギリ間に合ったね」

「うむ」

 安堵したように言う瑠奈に頷いた紅は、大雅と律、それぞれに触れた。二人の時が動き出す。

 大雅の手にした鏡の欠片が、自身の首目がけて勢いよく振り下ろされる。

「ちょちょちょ! 大雅くん落ち着いて。早まらないで。大丈夫だから!」

 瑠奈は慌てて大雅の手を掴んだ。

 そこで初めて瑠奈たちの存在に気付き、彼は我に返った。驚きを顕に目を見張る。

「は……、瑠奈!? 何がどうなっ……、え? 何だこれ?」

 理解が追いつかない。

 これまで消息を絶ち、その安否すら不明だった瑠奈が突然現れたこと。

 目の前の冬真も、迫るトラックも、舞い落ちる木の葉も、世界のすべてが動きを止めていること。

 ひたすらに困惑する。

「…………」

 律は踏み出した一歩を地面につける。顔を上げれば、トラックがすれすれのところまで寄っていた。

 思わずへたり込み、深々と息をつく。

「どうやら、傀儡は解けたようだな」