しかし、違った。そうではなかった。
 大雅は正気を取り戻したのだ。

「は……、そうだ。思い出した」

 冬真は瞠目する。困惑を隠せない。

「悪ぃ、律。やり方はともかく助かった」

 思わず律を窺うが、傀儡の彼は当然ながら無反応だった。すっかり現状に圧倒される。

 いったい、何が起きたというのだろう。

「おい、冬真。お前を奏汰のとこには行かせねぇからな。当然俺たちを殺させもしねぇ。どうしてもって言うなら……俺はここで律と自殺する」

 立ち上がった大雅は、鏡の欠片を自身の首に当てた。

 何の迷いも躊躇もない、清々しいほどの覚悟だ。

「…………」

 冬真は言葉を失った。

 律に消させた記憶がすべて蘇っている。書き換えた記憶も本来のものになっている。

 どうなっているのだろう。
 思考の沼に嵌りかけ、不意にはっとした。

(鏡……?)

 大雅は先ほど鏡を見ていた。様子が変わったのはそれからだ。

(まさか、あれのせいなのか?)

 律の魔法にはそんな抜け穴があったとでも言うのだろうか。

 ならば、大雅の記憶を何度操作しても結局元に戻ってしまっていたのは、彼が鏡を使って記憶を取り戻していたからなのだろうか。

 そう考えたものの、それでは納得出来なかった。
 鏡と記憶との関連性が分からないのだ。

「どうやって記憶を────」

「言うわけねぇだろ。なぁ、それでどうすんだよ。奏汰を殺すこと諦めるか? はっきり答えろ」

 形勢逆転と言わざるを得ない。

 実際のところ何が起きたのかは分からないが、大雅はすべての記憶を取り戻してしまった。

 そして、自身の命を盾に冬真を脅しているわけだ。

 冬真は暫時悩んだが、ここから主導権を取り戻す術が浮かばなかった。

 ……いや、本当にそうだろうか。

(僕は神なんだ……。この生意気な大雅如き、封じられないわけがない)

 冬真はそう思い直すと、肩を竦め苦笑して見せた。

「……分かった、降参。君にそこまでの覚悟があるなら佐伯奏汰は諦める」

「本当だな?」

「勿論」

 その返答を聞くと、大雅は慎重に冬真を見返した。

 彼が今一番困るのは、ここで自分や律に死なれることだ。自殺や物理的な要因によって。

 それと比較すれば、硬直魔法を諦めることなど安い────そう判断することは、別に不自然ではない。

 ただ、いずれにしてもそれは大雅たちとの決別を意味していた。

 野心に諦めがついたからか、どこか憑き物が落ちたように見える。

「律のことも返すよ。……ただ、悪いけど僕は協力しない。運営側を倒すなら君たちだけでやってくれ。僕は最後まで傍観してるから」

 それは律の説得に対する冷静な返事なのだろう。

「そっか、まぁそれはしょうがねぇ。魔術師よりよっぽど危険な連中を相手取ることになるからな。無理強いは出来ねぇよ」

「うん……、僕たちの同盟はここまでだ。だけど、君とは少なからず縁があると思ってる。簡単には死んで欲しくない。だから、自殺なんて考えるのはやめて」

 冬真は案ずるような眼差しを大雅に注いだ。
 自殺なんてありえない。……本当に。

「しねぇよ。これはもともと、記憶消されたときの対策として持ってたんだ」

「へぇ……?」