影は黙り込んだまま何も言わなかった。

 至は取りなすように、落ちた沈黙を破る。

「小春ちゃん、心配しないで。姿を現しても大丈夫なんじゃないかな」

 労るように優しく語りかけた。

「蓮くんが言うには、ルールに違反さえしてなければ狐くんには狙われない。俺が眠ったことであいつは目覚めた。でも、あれから襲って来てないだろ? だから、ひとまずは安心して。彼らに事の顛末を話そう────」

 ややあって、空間が一瞬歪んだ。そうかと思えば、そこに小春の姿が現れる。

 蓮は息をのむ。奏汰も瞠目した。

 失踪してからこれまで、まったくもって見つけることの出来なかった小春。こんなふうにしてずっと隠れていたわけだ。

 不安気な表情を湛える彼女と、目が合った。

「小春……っ!」

 息が詰まる。皮膚が粟立つ。心臓が痛いほどに鳴る。

 感情も思考も追いつかないうちに、身体が勝手に動いた。

 気付けば、蓮は小春を抱きすくめていた。

「……!」

 驚いたように見張った小春の瞳が揺れる。困惑して瞬きを繰り返す。

 奏汰はそんな二人の様子を見て、思わず安堵した。念願の再会だろう────。

 アリスは真剣に展開を見守り、至は切ないような悟ったような表情を浮かべる。

 蓮は震えるような吐息をこぼした。

「よかった、やっと会えた……。俺、お前が消えてからずっと心配して────」

「あ、あの……」

 困惑したように言うと、小春はやんわりと蓮を押し返した。

「誰、ですか? あなたは……」

 小春の硬い声色を聞き、蓮は鈍器で殴られたような衝撃を受けた。

「え……?」

 そう聞き返した声は掠れて溶けた。指先が急速に温度を失っていく。

 言葉の、質問の意味が分からない。脳が理解することを拒んでいる。

「な、何言ってんだよ……。そんな冗談、マジで笑えねぇんだけど……」

 それなのに、目眩がした。

 世界が均衡を失っていくように、足元がぐらぐらと傾いて揺れる。

「……?」

 小春は困ったような顔で視線を至に移した。

「…………」

 彼女の心情を悟った至はひとまず二人を剥がし、小春を背に立つ。

「改めて皆に説明するよ。彼女の身に起きたこと、俺が知ってることはすべて話す。……小春ちゃん、君にもね」