「ありがとう」

「マジで助かった」

 奏汰と蓮の礼を受け、日菜は首を左右に振った。そんな大層なことはしていない。

 ただ、自分に出来ることをしたまでだ。

「ねぇ。その彼、君たちの仲間じゃなかった?」

 至は横たわる瑚太郎を眺めつつ尋ねる。

「ああ、そうなんだけど……二重人格なんだよな。裏の人格は、魔術師なら見境なく殺しまくるサイコ野郎だ」

「なるほどね」

 瑚太郎とヨル、どちらが表でどちらが裏かという話をすれば、きっとどの結論も完全な正解ではない。

 だが、最初に出会ったのも、仲間になったのも、瑚太郎だ。
 だからこそ、蓮はそういう言い方をした。

「それより、至。今日こそはちゃんと説明してくれ、小春のこと」

 突き刺すほど真剣な眼差しを向けられ、至は一旦口を噤んだ。

「……その前に、まず皆に謝らせて欲しい。本当にごめん。俺の魔法はね────」

 至は自身の魔法の全容を、包み隠さず打ち明けた。

 この期に及んで、彼らに隠し事などする必要がなかった。

「それが、睡眠魔法……」

「一人眠らせたくらいなら眠気は知れてるけど、そうは言っても永遠に起き続けていられるわけじゃないから、そこは許して欲しい」

 魔法の反動以前に、人間として生命の危機に瀕する。

 理由は異なるが、慢性的に“睡眠”を敵とするアリスは、何となく他人事には感じられなかった。腕を組みつつ頷く。

「なるほどなぁ。“最恐”にそんな弱点が……」

 こく、と至は首肯した。

「昨晩は本当にごめんね。絶対寝ないようにしようと思ってたんだけど。……そういうことだから、冬真くんだけじゃなくて、狐くんももう起きちゃってる」

「それはまずいんじゃ────」

「いや、ルールに違反さえしなけりゃ大丈夫だ」

 眉を下げて案じた奏汰に、蓮は毅然と返す。

「少なくとも小春が狙われたのは、ルール違反が理由。たぶん、俺たちも同じ。何のルールかは分かんねぇけど」

 その言葉に、一同は怪訝そうな表情を浮かべた。

「何でそんなこと知ってるの? ルール違反?」

「ああ、これを見てくれ」

 蓮はスマホを取り出し、雪乃に転送して貰った動画を再生して見せた。

 踏切での祈祷師との邂逅。小春の最期(、、)。それらすべてが記録された動画。

 至は窺うように小春を振り返った。姿を隠していても、小春の混乱したような息遣いは蓮も聞いた。

「これ、私……? 死ん、だ……?」

「大丈夫、お前は生きてる」

 小春自身にも理解出来ない映像だったが、蓮は動じることなく断言した。

 そして、続ける。雪乃の存在とその能力。彼女から聞いた一部始終。

 至も含め、それは初耳の事実だった。全員が驚愕を禁じ得ない。

 しかし、これで大方の謎は明らかになった。至の知る事情と合わせれば、恐らくは────。

「なぁ、小春」

 蓮は影を見つめ、呼びかける。

 念を押すように、もう一度呼ぶ。

「小春、だよな」

 それ以外にありえない。それしか考えられない。

 “影の魔術師”の正体は小春で確定している。……はずなのに、妙な違和感が胸の内に蔓延る。

 何かが腑に落ちない。心をつつくような胸騒ぎが、じわじわと根を張り始める。

「…………」