「蓮の近くにいたら、蓮まで危なくなるのかな」
小春が狙われたのだとすれば、そのそばにいる全員の安全が脅かされるような気がした。
いまは無事でも、明日は分からない。
「……あの、水無瀬さん」
ふと、控えめに雪乃が呼びかける。
「狐男が何なのかは分からないけど、名花高校にはまだあとふたりの魔術師がいます」
小春はアリスの言葉を思い出した。
そういえば、彼女も同じことを言っていた。
「朝比奈莉子と斎田雄星。あたしをいじめてる奴らです」
「そ、そうなの……!?」
「何の異能かまでは分かりませんけど、気をつけてくださいね」
「……でも、何でそんなことをわたしに?」
雪乃は儚げに小さく笑う。
「いいんです、そんなの。あたしはただ、水無瀬さんに無事でいて欲しいだけ」
前髪の隙間から覗く優しげな眼差しを受け止め、小春は表情を和らげた。
「……ありがとう、本当に。雪乃ちゃんもどうか気をつけて」
────遠ざかっていく小春の背を眺めた雪乃は、ぎゅう、と胸元のリボンを握り締める。
その奥の肺が、心臓が、痛くて苦しい。
ふいに身を震わせてむせた拍子にあふれた血が、指の隙間を伝い落ちていく。
彼女が帰るまで、どうにか耐えられてよかった。
「くっそ……。あたしが弱くなってんのか?」
こんな反動、とっくに慣れたはずだったのに。
けれど、構わない。
復讐と救済────自分の目的のために能力を行使する分には、苦痛なんていくらでも耐えられる。
◇
日の傾いた街を小春は彷徨い歩いていた。
足取りは重く、表情は沈んだまま晴れない。
「…………」
誰も傷つけたくない。誰も殺したくない。
仲間はもちろん、それ以外の魔術師たちのことを守りたい。
敵は運営側、倒すべき相手は運営側なのだから。
けれど、守るにしても倒すにしても自分はあまりに無力で非力だった。
嫌でも自覚する。
(わたしは……)
いつも守られてばかりいる。
理想を掲げるだけで、何もできていない。
このままではただの役立たずだ。
だから────もう一度、ガチャを回す。
『考えてることがある。もう少しだけ待ってくれないかな……? 口だけでは終わらせないから』
もともと考えていたことではあったけれど、今日の出来事が踏みきるきっかけになった。
そうして力を手に入れる。
みんなを守れるだけの。理想を叶えられるだけの。
きっと、そのことを伝えれば、蓮に反対されるだろう。
でも、それではだめだ。何も変わらない。
これは賭けだ。
小春は恐怖心よりも強い意志を持っていた。
────あてどもなく歩きつつ、スマホを取り出すと時刻は18時半過ぎだった。
“結果”次第では、もう帰れないかもしれない。
ひとまず、どうとでも融通が利くような嘘のメッセージを母親に送ると、蓮や仲間たちに見つからないよう、電車に乗ってひと駅向こうへ赴いた。



