至が叫んだ。
ほとんど反射で身体が動く。
小春は銃のように手を構え、人差し指の先を彼に向けた。
ぎゅ、と目を瞑り、光線を放つ────。
閃光が走ると同時に、至の心臓が貫かれた。
「…………」
痛いくらいの静寂に皮膚を突き刺されながら、恐る恐る目を開ける。
落とした視線の先で、至は倒れていた。既に息絶えている。
ここからが重要だった。
彼の死に動揺している暇はない。────けれど。
「え……? どうして……!」
本来なら、魔術師を殺すとその死体から異能が浮かび上がる。
それに触れることで奪えるはずなのに、なぜか彼の遺体には何の変化も訪れなかった。
「あーあ。危ないなぁ、もう。ひやっとしたよ」
冬真の声に、はっと我に返る。
しゅる、と蔦が彼の手に戻っていくのが見えた。
その先端にに括りつけられているのは、ナイフだろうか。
銀色の刃は血で真っ赤に染まっていた。
それを手にした冬真は小春に微笑みかける。
「ナイフが1本だけなんて、誰が言った?」
小春は冬真の手の中にあるそれと、至の傍らに転がるそれを見やった。
愕然として力が抜け、地面にへたり込む。
光線が届くより先に、冬真があのナイフで至の息の根を止めていたということだろう。
「うわ、あたしもひやひやしたぁ。さすが如月やな」
アリスは素直に感心した。
今回は、冬真の方が一枚上手だったわけだ。
「そんな……」
完璧に読まれていたのだ。至や小春の意図を。
そうでなければ、光線より先に殺すことなんてできないだろう。
至に託された睡眠魔法は、彼のせいで既に天界へ還ってしまった。
彼の遺志そのものだったのに。
「ごめん……。ごめんなさい、至くん……っ!」
とめどなく涙を流しながら、小春は亡骸に縋る。
この状況に陥った時点で、命を救うことはできなかったかもしれない。
それでも、一瞬たりともためらわなければ、異能の方は何とかできたかもしれない。
「…………」
冬真は白けたようにそんな様を眺めつつ、小春にてのひらを向けた。
そこから伸びた蔦が彼女の身体に巻きつく。
「……!」
「悪くないなぁ、この異能も。これなら硬直魔法なんて別にいらないかも」
悠々と言ってのける彼を、涙を滲ませながら精一杯睨みつけた。
冬真は怯むことなくその顎をすくう。
視線が交わったまま5秒が過ぎる。
「さあ、これで晴れてきみも僕の駒だよ」
その唇が弧を描いたかと思うと、ふとアリスに目をやる。
「そして、きみのお陰で僕の脅威となる魔術師も割れた」
「時間逆行魔法の五条雪乃か」
アリスは持ち前の情報収集能力で、その事実をとっくに掴んでいた。
雪乃の存在を教えてくれたことは、共闘を持ちかけられた冬真が、その手を取ることにした理由のひとつだ。
アリスに利用価値はある。
「そう……彼女は当然殺すとして。脅威の正体が判明したいま、魔術師を特定するために生かしてた大雅にももう用はない」
律まで反旗を翻したいま、彼を操ることはできないだろう。
けれど、それで構わない。もう大雅の存在も能力も必要ない。
「きみがいれば、もうひとりの……時間停止魔法の魔術師を特定するのも難しくないだろうしね」
「そのくらいわけない。あたしも伊達に情報屋ってわけやないからね」
「期待してるよ」
そう言うと、冬真は悠然と振り返った。
「……さて、そろそろかな」



