ぎゅう、と握り締めると、掌に鋭い破片が食い込む。血が滲んだ。思わず顔を歪める。

 その痛みで何とか睡魔を振り払おうとした。

「無理、しないで」

「治しましょうか……?」

「そしたら痛みが消えちゃうから意味ないよ。気持ちだけ受け取っとく。二人ともありがとう」

 至は弱々しいながら微笑みを向けた。

 冬真も祈祷師もアリスも、誰一人として油断ならない相手だ。起こすわけにはいかない。

 ……何としても、自分が耐えるしかない。



 時刻は夜の九時を回った。日菜は自宅へ帰ったが、小春と至は廃屋に残っていた。

 至は眠気に負けて寝てしまわないよう、小春に見張って貰うことにしたのだ。……そもそも小春には、帰る場所がないのだが。

 ところどころ破れたぼろぼろのソファーに腰を下ろす小春。埃を被っているが、椅子としての役割を失ってはいない。

 この廃屋は、さながら秘密基地のようだった。どれも古びれてはいるが、ソファーやテーブルなど便利な家具が置き去りにされている。

 拠点として使うには申し分ない場所だった。

 至は先ほどのように窓辺に寄る。ソファーの向かい側にあるそこへ座ると、一層強くガラス片を握り締めた。

 ぽた、と血が滴り落ちる。

「…………」

 小春は何となく自身のスマホを眺めた。電源は切りっぱなしになっている。

 真っ黒に暗転した画面に、憂うような表情をした自分が反射して映っていた。

「……一回くらい、返信してあげたら?」

 そんな小春の様子を見やった至が言う。

「きっと今も心配してるよ。蓮くんが」

 公園でのことを思い出す。彼は心の底から小春のことを案じていた。

 害をなす存在には見えなかった。彼やその仲間には、すべてを明かしても平気かもしれない。

 というか、そうしてやりたい。あまりにも切なく儚い。

「でも私、彼のこと分かんないし……」

 小春は困ったように笑う。

「それを言ったら俺たちのことも分かんないでしょ? 毎日、目覚めるたび……自分のことすら」

 至は微笑を崩さぬまま言った。

 少し黙り込んでから、小春の顔にも同じような表情が浮かぶ。

「だけど、二人とも毎日教えてくれる。至くんは“味方じゃない”って言うけど、助けてくれてる」

 至は口を噤んだ。それ以上は何も言わなかった。

「……っ」

 不意に、ツキン、と頭痛がした。小春は思わず顔を顰め、頭を押さえる。

 錐を突き刺され、ねじ込まれているようだ。

『……か? ……き……、……る』

 頭の中で微かに声がした。痛みがノイズとなり、上手く聞き取れない。

(……?)

 何なのだろう。誰なのだろう。

 声がするから痛いのか、痛みがあるから声がするのか、それともどちらも関係ないのか────何にしても、こんなの初めてだ。

「小春ちゃん? 大丈夫?」

 至はわずかに身体を起こし、苦悶する小春を見つめた。

 その瞬間、ぱちん、と泡が弾けるように頭痛も声も消え去る。

(何だったんだろう……?)

 小春は戸惑いながらも笑みを浮かべ「大丈夫」と小さく頷いた。