「せいぜい寝落ちした自分を責めることだね。────さて、そろそろお別れだ」
冬真はナイフを取り出した。
「!」
焦りが込み上げ、小春の瞳に思わず涙が滲む。
蔦から抜け出そうと必死に身をよじった。
けれど、どれだけもがいても一向に緩まないどころか、むしろ動くほどに締めつけられる。
「……っ」
それを見た至はそっと目を閉じる。
意識的に深く呼吸をした。
自分の心臓の音が、息を吸う音が、血の流れる音が────命を削る音が間近で聞こえる。
もう、長くはもたない。
「待って……。きみに殺されるくらいなら、自分で死なせて」
そんな申し出に、小春の息が詰まった。
「な、なに言ってるの!? そんなのだめ!」
既にすべてを諦めて、冬真に敗北したことを認めるようなものだ。
至は、けれど冬真から目を離さなかった。
その傍らで思う。
今朝またすべてを忘れ去った小春からすれば、自分とは今日が初対面だ。
それなのに、至のために必死になっていた。
恐ろしい目に遭っても逃げ出さず、自分が捕らわれても諦めずに。
────彼女の頭の片隅で、ほんのわずかにでも残っていてくれたらいい。
初めて出会った夜から今日まで、一緒に過ごしてきたという事実が。
「ええ? ……まあ、別にいいか。自殺でも異能は還ることだし」
冬真は至の方にナイフを滑らせる。
立ち上がったりするほどの力はもはやないと判断した。
距離を取っていれば、額に触れられさえしなければ大丈夫だ。眠らされることはない。
もっとも、異能を使う体力なんてもうないだろうが。
至は胸辺りの深い傷を押さえつつ、ゆっくりと起き上がった。
すぐにてのひらが真っ赤に染まる。
呼吸に血が絡んで、思わず咳き込むと喀血した。
頭が、目の前が、くらくらする。
少しでも気を抜けば意識を失いそうだ。
震える手を弱々しく伸ばし、ナイフを掴もうとすると、ふいに小春がそれを踏みつけて阻んだ。
「こんなの嫌……」
涙がひと粒こぼれる。
何の涙かも分からないけれど、とにかく必死だった。
怯む思いを押し込め、冬真を見据える。
「わたしたちはあなたの敵じゃない。傷つけたり殺したりするつもりなんてないし、邪魔もしない。だから、お願い。もうやめて……! 信用できないならわたしが人質になるから!」
「……小春ちゃん」
懸命に懇願した。
それ以外にできることなんて思いつかなかった。
至の声色はどこか悟ったような響きだ。
「……敵じゃない? 本当に?」
意外な反応だった。
冬真から返ってきた眼差しは、決して拒絶なんかではなかった。
小春は何度も頷く。
「わたしたちは魔術師たちのことを守りたいの」



