「だとしても、俺は行く。ピンチなら助けにいかねぇと。罠かもってんなら、俺ひとりで行く」
意気込む蓮は再び歩き出そうとしたものの、今度は大雅が「待てって」と制止した。
「行くんだったら、全員で行かねぇと」
「ああ、そうだ。これまで、桐生にしろ百合園にしろ、ひとりで乗り込んだ結果どうなった。直接攻撃する手段のない如月相手でもしてやられただろう」
同調した律はさらに続ける。
「だったら、敵の姿も分からないいま、持ちうる戦力は総動員して備えるべきだ。もし相手が如月なら、多勢に無勢……勝算はある」
「なるほどな」
紅は納得したように腕を組む。
「ひとりは残ってここを守ってくれ。もしかすると、至や小春が逃げ込んでくるかも」
「じゃあ、俺が残るよ」
名乗りを上げてくれた奏汰に委ねることにする。
相手が冬真だとしたら、それがベストだろう。
「急ぐぞ」
蓮が呼びかけた。悠長に構えてはいられない。
大雅の先導で、廃屋を目指して駆け出した。
◇
「もう虫の息かな? 眠りの王子サマは」
挑発するように、地面に転がる死体が喋った。
星ヶ丘高校の制服を身につけたその男子生徒は、死してなお冬真に傀儡にされていた。
「如月、冬真……」
水平に伏す至は普段の余裕を失い、憎々しげに彼を睨む。
不意をつかれて深手を負った。
周囲には血の海が広がっていて、かなり呼吸が荒い。
「至くん……」
一方の小春は、蔦に縛られて胴と腕を拘束されていた。
これでは能力も使えないし、大雅とやらにテレパシーを送ることもできない。
「もう、やめて。お願い」
冬真に懇願しつつ、動けない至を庇うように屈む。
「どうしてこんなことするの? どうしてここが分かったの……? アリスちゃんは……」
「あたしはここー」
いかにも場にそぐわない、暢気な声がした。
その直後、ぽんっと通常サイズに戻ったアリスが現れる。
「無事だったんだ。よかった……」
「水無瀬小春。あんた、記憶なくしても相変わらずお花畑やなぁ」
アリスは嘲るように笑いながら毒づいた。
「何で如月にここがバレたか。あんたらの居場所がバレたか。何でやと思う?」
そこまで言われれば、嫌でも悟る。アリスの思惑や本当の顔。
小春は息をのんだ。
「まさか……」
「そう、ぜーんぶあたしの仕業」
あくどい笑みをたたえるアリスは完全に面白がっていた。
それから、すっと目を細めて至を見下ろす。
「あんたは警戒心強かったな。眠らされたときは詰んだと思ったわ。でも、いまはこのザマ。ざまあないな」
彼が感情的になることは決してなかった。
けれど、立場が逆転していることは紛れもない事実だ。
「…………」
ただただ微弱な呼吸を繰り返した。
自分のものではないかのごとく手足に力が入らず、もう動けない。
異能を繰り出す余力もない。
肺は潰れて破れてしまったかのようで、息をするのも苦しい。
どくどくと胸の辺りに空いた穴から血があふれていくのが分かった。
地面に流れたそれが背中に染みる、奇妙な感覚がある。



