「りょーかい。じゃあね。もし冬真くんやほかの敵から襲撃されたら呼んで。文字通り飛んでくからさ」
何とも心強い味方を得たものだ。
またしても小春と離れなければならないのは、そして彼のもとに置くことになるのは、蓮としては不本意だったけれど、彼は間違ったことを言っていない。
いまは至を信じて、委ねるしかない。
「小春、何かされたら俺のこと呼べよ。助けにいくから」
「やだな、何もしないってば」
至は軽い調子で笑ったけれど、その言葉に嘘がないことは分かった。
彼に悪意はない。ただ、小春や蓮を案じてくれている。
しばらくの間、蓮を見つめていた小春は、少しだけ表情を和らげた。
「ありがとう。……蓮、くん」
はっとした。
一瞬、記憶が戻ったのかと思った。あるいは、記憶喪失だなんて悪い嘘なのかと。
どちらもちがっていた。
ただ、会話の流れで知った名前を呼んだに過ぎないのだろう。
それでも嬉しかった。
彼女が自分の名前を呼んでくれたのは久しぶりのことだ。
同時に悲しくもあった。
呼び方が変わったのだ。
それは、以前の小春とはちがうということを如実に示していた。
小春が手をかざすと、半球形の見えない結界が張られる。
すぅ、と彼らの身体が空間に溶け込んで消えていく。
「向井、任せとき。あたしが八雲のこと見張っとくわ。ってことで、あたしも行く!」
慌てて言ったアリスは矮小化し、来たとき同様に小春の肩へと飛び乗る。
「またね、みんな」
────彼らの気配が消えると、蓮は眠りに落ちている瑚太郎を背負って壁際に横たえた。
学校へ戻るという日菜と別れてしばらくしたとき、数人の足音が近づいてきて反響する。
「大雅! 無事だったのか」
「ん? ああ、俺なら平気だ」
傷が見受けられるものの、大事には至っていないようだ。
こともなげに答えた彼と、顔を揃えていた面々を見て驚いた。
「瑠奈!?」
ずっと消息不明だったはずの彼女のみならず、冬真の腹心である律までいる。
まさか、大雅に何かして無理やり従わせているのでは────。
「おまえら……」
思わず警戒混じりに睨めつけたものの、大雅がそれをなだめた。
「大丈夫だ、こいつらは敵じゃねぇ」
簡単に事情を説明した彼は、紅のことやその異能についても伝えておく。
「わたしも胡桃沢氏も、おまえたちに協力したいと思っている」
紅は表情を変えることなく、淡々と告げた。
「マジで? それは助かる。よろしくな」
蓮がすぐさまそう言うと、瑠奈はほっとしたように息をつく。
小春といい、彼といい、なんて寛大なのだろう。
仲間の仇であるはずなのに、恨み言ひとつ言わないなんて。
蓮は大雅に向き直る。
「冬真は?」
「律ともども殺されかけたけど、紅のお陰で事なきを得た。ひとまず追跡も逃れたし」
今後一切、彼からのテレパシーに応じるつもりはない。
蓮や奏汰たちの身に起きたことは、その目を見て読み取っておいた。
「……如月について、少しいいか」
それまで沈黙を貫いていた律が、おもむろに口を開く。
思わず身構えてしまいながら、それぞれ彼を見やった。
「俺は一度、運営側の打倒を呼びかけるために如月を説得しようとした。だが、失敗した」
それで危うく、律は律自身の中に永遠に閉じ込められそうになった。



