「なるほど。確かに偶然にしてはできすぎだと思ってた」
「話を戻しますと、わたしが水無瀬さんの怪我を治して……。そこからです、3人で行動をともにするようになったのは」
それを聞いたアリスは「なあなあ」と声を上げた。
「話の腰折ってごめんな。今朝、小春が目覚めたとき……八雲、あんた何か説明しとったよな? 自己紹介までして。あれはどういうことなん? 何であんな初対面みたいな────」
「記憶喪失って言い方がややこしかったかな」
眉を下げた至は、さらに残酷な真実を告げる。
「ちゃんと説明すると、小春ちゃんは過去のすべてを忘れてしまってる。それに加えて、毎日毎日……眠ると記憶がリセットされる。今日のこのやり取りも、俺たちが誰なのかも、明日の彼女は覚えてない」
それぞれが息をのんだ。
先ほどの比ではない衝撃が、上から降ってきて押し潰されそうになる。
「うそだろ……」
毎日、目覚めるたびに小春は何もかもを忘却してしまう。
蓮たちのことも、至たちのことも、自分のことすらも────。
「蓮くんはきっと、ずっと心配だったよね。最初に小春ちゃんのスマホを見たとき気づいたんだけど」
「そりゃ連絡できんわな……」
「…………」
蓮は理解もしたし、納得もした。
それでも、どうしたってやるせない。
ぶつけようのないこの感情の名前も分からない。
「小春ちゃん。よかったら、ちょっとスマホの電源入れてみてくれない?」
「う、うん。分かった」
目の前で繰り広げられる自分の話は、どこか他人事のように感じられた。
圧倒されながらも、小春は言われた通りスマホを取り出す。
ウィザードゲームのアプリを立ち上げて、そのガチャ画面を見た。
“あなたの記憶(20年分)を消費しました”。
ルール上、画面を見せ合うことはできないため、小春がその一文を読み上げた。
光魔法の代償はやはり記憶だった。それも、20年分────。
まず17年分の記憶を奪われた時点で、小春の記憶は空っぽになっていた。
さらに足りない3年分の記憶は、これからの3年間奪われ続けるのだろう。
もっとも、先に12月4日が訪れてしまうのだけれど。
「毎日忘却を繰り返す小春ちゃんだけど、異能の扱い方は覚えてる。きっとこれは身体が覚えてる記憶なんだろうね。あともうひとつ、忘れないことがある」
「……何だ?」
「“殺し合わない”っていう信条。何度リセットされても、毎日その点は一貫してる」
誰も傷つけない。誰も殺さない。
みんなを守る。
何度否定されても、彼女がずっと唱え続けていた信念だ。
「小春……」
蓮は思わず彼女を見つめるも、警戒したような眼差しが返ってくるだけだった。
当然だ。いまの彼女は、蓮のことなんて分からないのだから。
初対面でいきなり抱き締めてきた変な人、とでも思っているかもしれない。
一瞬俯いて、顔を上げる。
小春をまっすぐに見据える。
「おまえが忘れても、俺が何度でも教えてやるよ。おまえ自身のことも、俺たちのことも。毎日、目が覚めたら絶対そばにいる。おまえを独りにはしねぇ。俺が守る」
小春は驚いた。頭の奥が疼いて痛む。
“俺が守る”────前にもそんなことを言ってくれた、誰かがいたような。
消えたはずの記憶の断片がちらついたような気がした。
さざめく水面が光の粒を反射しているかのようだ。



