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「あれれれ? またしても雲行き怪しいんじゃないの?」

 祈祷師は顎に手を当て、小首を傾げる。そう言いながらも、口元には興がるような笑みが浮かんでいる。

 しかし、今し方の“状況”を眺めたところ、運営サイドの面々は苦い表情を禁じ得なかった。

「ミナセが消えたら今度はムカイかぁ……。面倒な連中ね」

「そういう“馬鹿なこと”考える奴らは他にもいるよ。ま、何人現れようが関係ないがね。全員殺せばいいんだ」

 呪術師にそう言を返された霊媒師は、不服そうに髪の先をいじる。

「運営が干渉し過ぎると、ゲーム性が損なわれるんだけどなぁ。……まぁ、仕方ないか。健全なプレイヤーの快適なゲーム進行を妨げたら、元も子もないもんね」

「……お前はゲーム運営にのめり込み過ぎだ」

 さすがの陰陽師も呆れたように口を開いた。

 想定以上に霊媒師はゲームが好きなようだ。

「ま、運営の意に沿わない連中はぶっ(ころ)ってことで────いいよね?」

 確かめるように尋ねた祈祷師。陰陽師は首肯する。

「……それと、あたしらを嗅ぎ回ってる奴らがいるね。そいつらにも釘を刺すか」

 腕を組んだ呪術師が普段より声を低めて言うと、霊媒師はややオーバーなリアクションをした。

「こっわー……。あくまで脅かす程度にしてよ?」

「けど、その二人もムカイの一味だ。攻撃を仕掛けて確かめて(、、、、)みるよ。駄目そうなら殺す」

 呪術師はしなやかな指で首をなぞった。気迫そのままに、その場から消える。

 何かを考えるように口を噤んでいた祈祷師は、ふと閃いて笑みを湛えた。

 機嫌を良くしながら、彼も姿を晦ました。



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 紗夜とうららは百合園家に集っていた。

 家の伝手も利用しつつ、アプリの解析を試みる。しかし、尽くエラー表示が続き、何一つとして分からなかった。

 海外のサーバーを複数経由しているから、というような現実的な理由ではなく、何故か侵入出来ないがその何故かがまったくの不明、という奇妙な状態だ。

 “魔法”などというものを提供している連中なのだから、その理由も魔法であると考えればそれまでだが。

「変死体が上がっても、警察が捜査もしないのは、警察内部に協力者がいるからだと思ってた……。でも、そうじゃなくて、それも魔法によるのかもしれない」

「そんな。何もかも魔法の仕業ってことですの? それなら何でもありじゃない」

「うん……。つまり、何も掴めやしないってこと。情報も、運営側の尻尾も」

「…………」

 それでは、倒すも何もない。相手は人間ではないのだ。

 どう太刀打ちすべきだろう。そもそも会うことすら叶わないのではないだろうか。

「一旦、合流する……?」

 行き詰まりそうな気配を感じた紗夜が提案すると、うららは承諾した。二人は庭へ出る。

「……!」

 石造りの白い噴水や手入れの行き届いた花壇が広がる庭の中央に、異質な人影が佇んでいた。

 反射的に足が止まる。警戒心が急速に掻き立てられる。

「おや、ごきげんよう」

 妖艶な雰囲気を纏う女が、うららたちを見て微笑んだ。決して好意的な色ではない笑みだ。

「ど、何処から現れたの……? 瞬間移動?」

 紗夜は狼狽した。うららの自宅はセキュリティも万全だ。人知れず侵入することなどまず不可能なはずなのに。

「魔術師ですの? ……いいえ、祈祷師?」

「心外だねぇ。あたしがあの馬鹿面と同一人物に見えるのかい? 狐なのに馬鹿とはややこしいか、ふふ」

 女は扇子で口元を覆った。

 紗夜とうららは顔を見合わせる。つまり“祈祷師”は、魔術師とは異なり、肩書きではないのだろう。

 ならば、彼女はいったい?

「あたしは呪術師だ。無論、通称だけどね……。他の者も皆そう。ただの呼び名に過ぎない。察してると思うが、あたしたちは人間じゃないからね」

「何者なの……?」

「“運営側”だ」

 女の目が興がるように細められる。

 二人ははっとした。ずっと追っていた、影も形も捉えられなかった霧隠れ状態の運営。

 やっとその霧が晴れた。突如として訪れたこの邂逅の機会は、果たして希望か絶望か────。

「ついでに教えてやろう。運営側はぜんぶで四名。リーダーの陰陽師、あんたたちの知ってる祈祷師、カイハルトを殺した霊媒師、そしてあたし、呪術師。……どうだい、パズルのピースが埋まって来ただろ」