彼に根づいた逆心の記憶は消したはずなのに。
それに、絶対服従の術にもかかっているはずなのに。
「殺す……。てめぇを殺してやる!」
いつの間にか大雅の両手が、冬真の首を掴んでいた。
戸惑いながらも強引に引き剥がすと、大雅の髪をわし掴みに押しのける。
地面についた手を支えに立ち上がった。
「何のつもりだ、大雅。どうなってる……!」
たび重なる記憶の改竄で、バグのようなものが起きたのだろうか。
そう推測したとき、はっと唐突にひらめいた。
律を見やる。
(……おまえか)
────確かに、大雅の記憶は消した。その点は抗えなかった。
けれど、律はそれだけに留めなかった。
逆心を純度の高い“殺意”へと書き換え、さらには絶対服従の術をかけられたことも忘却させた。
決死の抵抗として、冬真の意図とは異なる所業をしてみせたのだった。
冬真は息をつき、舌打ちする。
掴みかかろうとする大雅の手を躱して再び足蹴にした。
「……っ」
喧嘩においては大雅の方が強いものの、身長差があるのが幸いだった。
彼は柱に背中を打ちつけ、その場に滑り落ちて座り込む。
「はぁ……。ああもう、どいつもこいつもうっとうしいなぁ」
ぼやきつつ目を細めた。
指をかけてネクタイを緩める。
「もういい、分かった。────必要なのはきみたちの持つ異能だからね。きみたち自身はどうだっていい。……そうだ、もっと早くそうするべきだった」
彼の顔にいつもの微笑はなかった。
ひたすらに非情で冷淡な色が浮かぶ。
「ふたりとも殺す。殺してやる」
◇
廃トンネル内で、奏汰は不安気にその場を行き来していた。腕を組み、顎に手を当てる。
大雅の安否が気がかりだった。
「ねぇ、俺たちここ離れた方がいいのかな? ここにいることは桐生くんも知らないはずだけど、何か嫌な予感が────……早坂くん?」
瑚太郎を窺った奏汰は、ふと言葉を切った。
「……っ」
様子がおかしいのだ。
荒い呼吸を繰り返してたたらを踏む。汗ばんで随分と苦しそうだった。
「どうかしたの? 体調でも……」
言い終わらないうちに、ふっと瑚太郎の身体から力が抜け、崩れるようにその場に倒れてしまう。
「だ、大丈夫?」
「ん……?」
ほどなくして瑚太郎は目を開けた。
ゆっくりと瞼が持ち上がり、その焦点が定まる。
「あ……よかった、急に倒れるからびっくりした。熱とかあるかもしんないし、しんどかったら帰っても────」
「あ? 帰れだと? 舐めてんのか」
不機嫌そうな低い声が返ってきた。
おおよそ瑚太郎の声とも口調とも似つかない。
人相もまったくちがう。姿かたちはそうなのに、別人だと分かる。
奏汰は安堵から一転、さらに困惑した。
「まさか、人格が……」



