よくない事態を察しつつ、奏汰は答える。
大雅の言葉に従って明らかな嘘をついてくれた。
事前に逃げるよう忠告しておいた以上、彼が校内にいるはずがない。
「何だって?」
「学校にいるってよ」
その返答に、冬真は苛立ちを滲ませた。そんなわけがない。
「本当は?」
「本当に学校っつってんだって」
こればかりは大雅も別に嘘はついていない。
彼の逃げ先を聞いていなくてよかった。
冬真は舌打ちし、煩わしそうにゆっくりと瞬く。
「……こうなったら仕方ないな。とりあえず、またきみをリセットしておこう」
そう言うなり、操られた律が大雅の正面に立った。
「動くなよ」
抜かりなく命令を下す冬真を睨めつけてから、大雅は律の目を見た。
傀儡状態ではあるものの、奥へと追いやられた自我が悲鳴を上げているのが分かる────。
「律……。“失敗”だったみてぇだな」
大雅がそう言うと、ぽろ、と彼の瞳からひと粒の涙がこぼれ落ちた。
『だったら腹決めろ。どうしても冬真と反目するのが嫌なら、いまのうちに殺しとけ。それか────』
あの晩、大雅に言われたことを思い出す。
『本当に戦友なんだったら、おまえの言葉に耳を傾けるはずだ』
あれからずっと考えていた。
そして────大雅が旧校舎へ来る前、律は説得を試みていたのだった。
彼が戦友であると信じて。
『魔術師の頂点に立ったところで所詮は連中のてのひらの上だ。だったら、運営側を倒して本当の意味で勝とう』
そんな律の言葉を、冬真はつまらなそうな表情で聞いていた。
『ほかの魔術師と手を結ぶんだよ。おまえが一方的に操るんじゃなくて、協力する』
他人を信用しない主義である自分の言葉とは思えず、言いながら意外な気持ちになった。
最初から明確な目的を持って動いてきたわけではなかった。
ただ、川を流れる落ち葉のように漫然とゲームに向き合ってきた。
けれど、そんな半端な心持ちで12月4日を迎えたら、きっと死んでも死にきれない。
なぜ、こんなゲームに巻き込まれたのか。
答えの出ないそんな問いを抱いていても仕方がない。
それなら、せめて意義が欲しい。
巻き込まれたことが不幸ではなかったと思えるだけの、理不尽な現実に抗った爪痕が。
後悔だけはしたくないから。
だからこそ、最終的に大雅の誘いを受ける判断をした。
『如月、悪い話じゃないだろ? もともと駒になる予定だった魔術師たちと同じ立場になるだけだ。誰もおまえを害さないし、むしろ守ってくれる。仲間になるなら、当然おまえもそうすることにはなるが────』
律の言葉を聞き終わらないうちに、悠然と振り向いた。
『…………』
にっこりと優しく微笑むと、そのまま無情にも中指を立てる。
想定外の反応に、律もさすがに息をのんだ。
驚愕するその首を掴み、締め上げる。
律の絶望的な眼差しを真正面から受け止めながら、10秒経て冬真は顔をしかめた。
『なに言っちゃってるのかな……? あー、くだらない。誰に絆された? 大雅か? ふざけるなよ、何が仲間だ』



