「三葉さんは、もうひとりの名前は言ってなかった?」
「うん……。それは教えてくれなかった」
“影の魔術師”については、至も何も語らなかった。
理由は分からないけれど、彼らのうちでその部分は徹底しているようだ。
「……変だな、やっぱり」
大雅は言う。
消去法で“影の魔術師”が小春だ、という結論は理解できるけれど────。
「小春なんだとしたら、何であのとき俺たちに何の反応も示さなかった? それに、眠らされてたんじゃないなら蓮のメッセージにも応じるはずだろ」
まったくもってその通りだ。
それに、小春の異能はどう応用しても透明化なんてできない。
「……いずれにしても、もう一度会わないと分からないよね」
奏汰は眉を下げた。全員が同じ意見だった。
「八雲さんたちのアジトは聞き出せなかったけれど、代わりにこの場所を教えましたわ」
敵か味方か、どちらに転ぶとしても待つしかない。
何らかのアクションがあるはずだ。
そう遠くないうちに。
◇
月ノ池高校裏手の山中にある小さな廃屋からは、ランタンの淡い光が漏れていた。
ふと、日菜は小さな物音に振り返る。
「あ、おかえりなさい。八雲くんに────水無瀬さん」
至は血色の悪い顔でいまにも倒れそうなほどふらついていた。
それを小春が支えながら戸枠を潜る。
「至くんが、ちょっと許容量をオーバーしそうなの。もう既にふたり……ううん、3人眠らせてるから」
小春は部屋の奥の方に目をやった。
そこには昏々と眠るアリスの姿がある。
悪夢でも見ているのか、うなされて冷や汗をかいていた。
「やっぱ……3人を超えるときついなぁ」
至は苦笑する。
ふとした拍子に瞼を閉じてしまいそうになるのだ。
深く息をつき、朽ちた木の柱に背を預ける。
「あの子のこと起こす? 何だか苦しそうだし、いますぐに実害があるとは思えないし」
アリスを一瞥して言った小春に、首を左右に振ってみせた。
「いま起こせば牙を剥くかもしれない。俺が限界まで耐えるよ」
彼女のことはほとんど不意をつくような形で眠らせた。
いま起こしたら、逆上する可能性がある。
「それより、それどうしたの? 何があった?」
至は唇の端を指しながら日菜に尋ねた。つられて小春も窺う。
日菜の口端には乾いた赤黒い血がかすかについていた。
「あ……偶然、負傷した魔術師の方々に出会ったんです。治療したのですが、ふたりとも重傷で。さすがに負荷が大きすぎて……血を吐いちゃいました」
えへへ、と眉を下げつつ笑う。
回復魔法は大きな反動を伴う能力のひとつだ。
しかし、慣れているからか日菜はこともなげに言う。
「大丈夫、なの?」
「ええ、平気です。それより、おふたりに伝えたいことがあって」
日菜が救ったふたりの魔術師────ひとりは雨音紗夜、もうひとりは百合園うららと名乗った。
「八雲くんと水無瀬さんに用があるみたいでしたよ。拠点も教えてくれました。……あ、水無瀬さんのお名前は出してませんから安心してください」
それでも、小春にも用があるのか。至は思案顔になる。
「小春ちゃん、ふたりのことは知ってる?」
「……知らない」



