そう思ったものの、律はすぐに目を開けた。
昏々と深い眠りに落ちて、一向に目覚めなかったのに。
「ま、もっとも……彼は姫ではないけどね」
律から離れた至はくすりと小さく笑った。
何となく自分の身に起きたことを察した律は、手の甲で慌てて唇を拭う。
「最悪だ……最悪だ……」
すっかり動揺し、そのひとことを呪文のように唱え続けていた。
「はは、傷つくなぁ。そのリアクション」
「……これで本当に解けたんだよね」
相変わらず掴めない至に、冬真は念を押すように尋ねた。
彼は「解けたよ」と頷く。ほっとした。
「よかった。……きみの異能は、触れて眠らせるというものか?」
「ん……。まあそうだね、基本的に」
至はにこやかに答えた。
「そっか、強いな。でも、それなりの“制約”があるんじゃない?」
「ま、それなりにね」
答えになっていない返答ばかりだ。
善人そうに見えるけれど、巧妙でしたたかなようだった。
それ以上の問いは無意味だと察したのか、一度口をつぐんだ冬真は微笑を消した。
「……きみさ、どうやってここへ来た?」
突如として現れたように見えた。
まるで、琴音の────。
「瞬間移動」
至はその心を読んだかのように言った。
けれど、破顔すると「なーんて」と撤回する。
「普通に来たよ。ただ、きみたちには見えなかっただけ」
冬真だけでなく大雅も怪訝そうな顔をした。言っている意味がよく分からない。
しかし、確かに姿が見えない状態で声がしていた。
瞬間移動とはまたちがうのだろう。
「透明化ってこと?」
「うーん、まあそんな感じかな」
全面的に正解というわけではなさそうだ。
実際のところは何なのだろう。至に答える気はないようだが。
「さてと、今度はきみが眠る番だ」
「……なに?」
思わぬ展開に内心焦った冬真は、その頬を引きつらせる。
「待って。何で僕が眠らなきゃいけない?」
至と距離を保つように慎重にあとずさった。
まずい状況なのに変わりはないものの、目を合わせてしまえば勝ちだ。
「……おい、おまえ……! そいつと、目合わせんな……!」
彼の魂胆をいち早く悟った大雅は、途切れ途切れの掠れた声を絞り出した。
冬真は振り返り、腹立たしそうに睨めつける。
(ばかが。……余計なことを言いやがって)
至は「了解ー」などと軽い調子で答え、ふと目を閉じた。
(こうなったら、どうにかこの場から逃げるしかないか。触れられなければいいんだ。とにかく、八雲と距離を取って────)
そのとき、とん、と冬真の背に何かが当たる。
あとずさる足が自ずと止まった。
(何だ……?)
誰かの手のようだ。振り返ってみるけれど、誰もいない。
いや、いるはずなのに見えない。
手の位置的に小柄で背は低い。女子だろう。
恐らく、最初に聞こえた囁き声のもうひとりだ。
「おやすみ」
はっと視線を戻したときには遅かった。
目の前に立った至の指先が額に触れる。



