少しだけ遅れ、五限の教科担任が教室へと入ってきた。

 委員長が起立の号令をかけると、琴音の不在に気が付いたらしく「あれ?」と訝しむ。

「瀬名さんが見当たらないけど……」

 そんな教科担任の言葉に、小春は思わず俯いた。蓮も眉を寄せる。

「誰か、何か聞いてない?」

「あ、の……早退、しました」

 何とか答えた小春だったが、教科担任は怪訝そうな表情を浮かべる。

「荷物も置きっぱなしで?」

「かなり、具合が悪かったみたいで……」

 歯切れの悪い言い方になったが、この他に何とも言いようがなかった。

 “瞬間移動して戦いに巻き込まれ、結果的に祈祷師に殺されてしまった”などと事実を口にしたとして、誰が信じてくれるだろうか。

「そう、一応連絡してくるわね」

 漠然とした不穏な気配を感じたのか、教室内にささやかなざわめきが起こる。

 教科担任も困ったような不安気な表情で息をついた。

「このクラス、胡桃沢さんも行方不明でしょう。望月くんといい、大変だわ……」

 そうぼやきながら教室を出て行った。

 それが引き金となり、ざわめきが大きくなる。こうも立て続けに人がいなくなれば、奇妙な違和感を覚えるのも無理はないだろう。

 花瓶の置かれた慧の机、主のいない瑠奈の机、荷物が置かれたままの琴音の机。

 小春はそれぞれを順に見やり、不意にあることに思い至った。

(もしかして、瑠奈も……?)

 突如として姿を消した瑠奈も、もしかすると祈祷師の襲撃を受けたのかもしれない。

 はっと瞠目し、思わず蓮を見た。彼も同じような顔でこちらを向いていた。恐らく、同じことを考えている。

 祈祷師とは────いったい何者なのだろう。

「…………」

 小春は俯いた。屋上でのアリスとのやり取りを思い出す。

『そのときは、襲われたときは、私が助ける。私が守る。皆のこと』

『どうやって? 小春の魔法は攻撃に向かへんやん。まぁ、誰も傷つけたくないあんたにはぴったりかもしれへんけどな』

 彼女の厳しい声が耳の奥でこだまする。

 ぎゅう、と膝の上で拳を作った。

(私に何が出来る……?)

 何も出来ない。

 だから、次から次へと仲間を失う。誰も守れない無力感に苛まれながら。

 ────小春はスカートのポケットからスマホを取り出す。
 縋るように強く、両手で握り締めた。