思わず目を開ける。
律がたたらを踏んで脱力し、崩れ落ちるようにして地面に座り込んだ。
がっくりとうなだれるような姿勢で、再び眠ってしまう。
(何だ……!?)
戸惑ったのは、大雅だけではなかった。
「律!」
冬真が何度も揺さぶると、彼はやっと目を開けた。
けれど、今度は一瞬で眠りに落ちてしまう。
そのあとは何度起こしても、目覚めることはなかった。
息はしているため、死んではいないようだが。
「あいつ……」
起こすのを諦め、苛立ち混じりに呟いた。
その様を見た大雅はただただ困惑する。さすがにこれは予想外の展開だった。
「おい、どうなってんだよ?」
「……昼間、変な魔術師に会ったんだ。たぶん、睡眠魔法かな。彼が律を眠らせた。その効果がまだ続いてるのかも────」
陽斗を介して冬真は答える。
推測通り睡眠魔法だとしたら、あるいは冬真の異能を凌ぐほど強力だ。
得体の知れない、月ノ池高校の魔術師────。
ともあれ好都合だった。律がこの状態なら、記憶を操作されることはない。
鏡を使う必要もなさそうだ。
ややあって、冬真は舌打ちした。
「こうなったら記憶はもう仕方ないか。……とりあえず」
そこで言葉は切られたが、何をしようとしているかは分かった。
ゆらりと彼が歩み寄ってくる。
口の端を引き結んだ大雅は、逃げることも抗うこともしなかった。
諦めたわけではない。ひたすらに“そのとき”を待つ。
冬真が正面で立ち止まる。
「大雅、僕を見るんだ。僕から目を────」
言い終える前に、大雅は手を伸ばした。
その腕に触れ、3秒が経つと目を閉じる。
「おまえ……」
戸惑いと焦りを滲ませた陽斗が、いや、冬真が言う。
いつもの自信と余裕に満ちた微笑み顔が崩れる。
見張った双眸が揺れ、光が消えていく。
「……っう!!」
よろめいた大雅はとっさに口元を押さえた。かは、と真っ赤な血があふれる。
ひどい目眩がした。割れるように頭が痛い。
鼓動に合わせて痛みの波動が駆け巡る。
冬真が異能を使っている状態にあるせいで、強烈な反動を受ける羽目になったのだった。
息が切れて、うまく酸素を吸えない。
視界も頭の中も霞み、冷えた指先が震えた。どんどん気が遠くなる。
それでも何とか冬真を操って動かすと、陽斗の傀儡を解いた。
彼は糸の切れた操り人形のごとくその場に倒れる。
「……っ」
ふっ、と大雅の力も抜ける。
膝から地面に崩れ落ちた瞬間、再び血を吐いた。
予想以上に反動が大きい。
冬真の傀儡を解除しても、おさまるまで身体がもたない。
(だめか……)
着実に蝕まれる身体があえなく限界を迎える。
大雅はそこで意識を手放した。
────その拍子に、冬真が我を取り戻す。
(あれ、僕は……)
何だか不思議な感覚があった。
一瞬、意識が飛んでいたような……。



