それを受け、ふちから立ち上がった冬真は彼女の眉間に触れる。
これで絶対服従の術は解かれた。
「早く行け」
「けれど、桐生さんが……」
「いーから、早く」
うららは躊躇しながらも、大雅の言葉に従って歩き出した。
ドアの向こうへと消える。
それを見送った大雅は、鋭い視線を冬真に戻した。
「俺を、絶対服従させる気だな?」
「当然だよ。何か問題でも?」
「なら、その前に教えてくれ。小春をどこに隠した?」
「……こはる? 誰のこと?」
大雅は鎌をかけたが、冬真は本当に知らないようだった。
小春を狙ったのは冬真たちではないようだ。
彼が知らないということは、祈祷師の仕業でもないのだろうか。
「知らねぇならいい」
早々に話題を打ち切った。
下手に情報を与えるべきではない。
「……さて」
冬真も深く気に留めず、再びふちに腰を下ろすと悠々と足を組む。
「本当にばかだなぁ、きみは」
その口端が、弧を描くように持ち上がる。
「自殺? そんなことさせるわけないだろ。僕の能力を忘れたの? きみは僕に逆らえない。僕が“その破片を捨てろ”と言うだけで、きみには自衛の手段もなくなるんだよ」
大雅は思わず、ポケットの布越しに鏡片を握り締めた。
確かなその感触だけが、いまは頼みの綱だ。
「今度こそ、その逆心を根こそぎ引っこ抜いてあげる」
そう言うと、律を呼んだ。
「大雅の記憶を書き換えろ」
大雅は口答えも抵抗もしなかった。
この展開は想定の範囲内だ。
しかし、いつの間にか座り込んでいた律は、一向に動く気配がない。
「律……?」
冬真が怪訝そうな顔で彼を見やる。
なんと、眠りに落ちていた。
「どうした? 起きるんだ」
大雅も訝しむほかなかった。
この状況で寝るなんて、どうしたことだろう。
「ん……? ああ……」
うっすらと目を開けて彼は目を覚ました。
しかし、意識が覚醒しきっていないのは明白だ。
焦点すら定まらないような目で冬真を捉える。
「大丈夫か?」
冬真に尋ねられ、何とか頷いた。
けれど、そのうちに強烈な眠気が襲いかかってくる。
気を抜けば眠りの世界に引きずり込まれそうになるものの、冬真の命令がぎりぎりでそれを阻んでいた。
「大雅の記憶を書き換えるんだ。早く」
重たげに立ち上がる。
不規則な足取りで歩み寄ってくると、虚ろな眼差しを向けられる。
いつもなら絶対服従の術なんてかけられていなくとも率先して動く律なのに、いまは何だか動きが鈍い。
それでも命令を遂行すべく、大雅の頭に触れた。
「…………」
思わず身を硬くする。
ポケット越しにいっそう強く破片を握り締め、目を瞑った。
これを避ける手はない。けれど、対抗手段がある。
覚悟を決めた大雅だったものの、あろうことか律の手は10秒と経たずして離れた。
ずる、と滑り落ちる。
「……?」



